第81話 ライナルトの初陣
ヴァルトハイン公爵軍の野営地は、遠征の最中だった。
巨大な軍旗が風にたなびき、幾千の兵が待機する中――将帥用の天幕に、怒号が響いた。
「なに……!? グロッセンベルグが落とされた、だと!」
天幕の中央で報告書を叩きつけたのは、ヴァルトハイン公爵カール・フォン・ヴァルトハインその人だった。髭面を紅潮させ、机を拳で叩く。
「我が名代として送り出したヘルマンが敗北……しかも、相手はユリウス……ッ!」
従者たちは言葉もなくうつむく。怒りの矛先が自分たちに向くのを恐れていた。
だが、その沈黙を破ったのは、一人の青年だった。
「ならば……私が超えてみせましょう。兄上を」
美しくも冷徹な顔立ち。軍服に身を包み、背筋を真っ直ぐに伸ばす若者――
ヴァルトハイン公爵家の嫡男にして、帝国を見回しても最年少の将校、ライナルト・フォン・ヴァルトハインであった。
「雷帝」の二つ名で知られる彼は、腰に佩いた剣へとそっと手をやる。
「父上、敵は小規模の傭兵と農兵のみ。私に、一千の精鋭をお預けください。蹂躙してご覧にいれます」
「……よかろう。命を惜しむな、ライナルト」
カールは渋面のまま答える。
「一つ条件だ。ユリウスが出来損ないでないというのなら――貴様は、完膚なきまでに叩き潰せ。勝利の上に、恐怖を刻め」
「はい。ならば、この雷で――すべてを焼き払ってご覧にいれます」
――――
空が、鳴った。
雷鳴ではない。あれは悲鳴だ。だが、誰のかはもはや判別できぬ。
突如として襲来したライナルト軍は、敵前線部隊を一閃。雷帝スキルによる雷撃が数百の兵を焼き払った。
「うわああああっ!!」
「ひ、避けろ、雷が――!!」
戦場は地獄と化していた。
無慈悲な電光が兵を焼き、装備を溶かし、馬を狂わせる。
村に逃げ込もうとした兵士たちが見たのは、稲妻の尾を引いて迫る黒騎兵たち――
そして、その中央に立つ青年将校の姿。
「見よ! これが公爵家の正統後継者、我が名はライナルト・フォン・ヴァルトハイン!」
ライナルトは声高に叫び、手を掲げた。
その掌から放たれた魔雷が、村の穀倉を直撃。火花がはぜ、業火が走り、屋根が弾け飛ぶ。
「……抵抗する者は死。従うならば、命は拾える」
雷帝の初陣は、こうして血と炎に染まった。




