第80話 グロッセンベルグの新秩序
市庁舎の執務室。崩れた壁の修復が始まり、仮設の机が設けられたその場で、ユリウスは文官たちと向き合っていた。
「……繰り返しますが、我々はグロッセンベルグを軍事的に制圧することが目的ではありません。この町の秩序を守り、人々の暮らしを正常に戻すことを望んでいます」
ユリウスの真摯な言葉に、初老の文官が額の汗をぬぐいながら口を開いた。
「た、確かに……ヘルマン様のやり方は、最近は我々でも疑問を抱いておりました。ですが……あなた様はヴァルトハイン公爵家の……?」
「その件については、あえて明言を避けさせていただきます。今の私を見て、信じてくださるかどうか――それで十分です」
視線を交わす文官たち。だが、すでに市庁舎を制圧された今、選択肢は限られている。
「……我々行政の者は、街の維持に専念いたします。混乱を最小限に抑えるためにも、必要とあらば貴殿らの指揮下に入る覚悟です」
「ありがとうございます。では、まず市内の物流の確保から――」
執務室の扉が控えめにノックされた。
「ギルド代表の方々をお連れしました」
案内されたのは、鍛冶ギルド、商業ギルド、運送ギルド、そして建築ギルドの代表たち。いずれもグロッセンベルグ経済の屋台骨を担う顔ぶれだ。
「ふむ……見るからに若造だな。だが戦の腕は確かなようだ」
鍛冶ギルドの代表――黒く焼けた肌の大男が腕を組んで見下ろす。対するユリウスは、軽く一礼をして言葉を返した。
「こちらも問いたい。あなた方は今後もこの街で商いを続けたいと望んでおられますか?」
「……当然だ。この町を見捨てる気はない」
「ならば協力していただきたい。新たな秩序のもとで、旧来の特権を一度見直し、町の再建を共に進めていただくことになります」
ざわり、と空気が揺れる。だが、商業ギルドの代表が、涼しげな笑みを浮かべて前に出た。
「ヘルマン様のもとでは、無理な徴税や賄賂が常態化していました。正直、我々も限界でした。あなたが公平な商機を与えるというなら、取引に応じましょう」
「誓います。法と秩序を守る代わりに、自由な商業を保障する。あなた方の知恵と経験が必要です」
沈黙。やがて、大男の鍛冶ギルド代表が唸るように言った。
「……わかった。だが、働きの対価はきっちりいただくぞ」
「それは当然です」
ユリウスの言葉に、ギルド代表たちが順に頷く。
こうして、グロッセンベルグの新たな秩序が、静かに――だが確実に、築かれ始めた。




