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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第78話 逃げるヘルマン

 崩れた市庁舎の壁の向こう――粉塵が舞う瓦礫の中から、オリオンのシルエットが姿を現す。その装甲に、まだ慣れない動きがぎこちないながらも、威圧感は十分だ。


 「ユリウス様、無事ですか!」


 リィナが駆け寄ると、瓦礫の影からすっくと立ち上がる青年――きりっとした表情のユリウスが現れた。


 だが――。


 「って、お前その格好……」


 ミリが目を丸くする。

 ユリウスの姿は、市庁舎への潜入時に着ていたメイド服のままだった。戦闘の最中にすっかり忘れていたらしい。


 「……しまった。着替える暇がなかった」


 「は、はやく脱げ! そんなんで人前に立つな!」


 ミリは真っ赤になって顔を背けながらも、チラチラと横目で見ていた。


 「……べ、別に似合ってるとか思ってないからな。ただ、その、目のやり場に困るだけで……」


 その様子を見て、リィナはクスクスと笑った。

 だが、その直後。


 「――ぐっ、まずい!」


 リィナが振り返る。市庁舎の裏手の路地から、一人の影が走り去っていた。


 「ヘルマン、逃げました!」


 「追うぞ!」


 ユリウスはメイド服のまま剣を握りしめ、オリオンの横を駆け抜ける。


――――


 裏路地に出たヘルマンは、汗だくで肩で息をしていた。


「くそ……化け物どもめ……なんだあの機械は……っ! 無理だ、勝てるわけがない……!」


 逃げるしかないと歯噛みするヘルマンの前に、黒衣の女がひとり、静かに立ちはだかった。


「……ヴィオレッタ」


「逃げるのね、ヘルマン」


「ち、違う! 退却だ、戦略的な撤退だ!」


 ヴィオレッタは冷ややかな瞳で彼を見下ろし、懐から小瓶を取り出す。それは薄紫色に濁った液体――毒。


「カール公爵からの伝言です。『万が一にも、出来損ないに背を見せたら殺せ』……だそうよ」


「な、何だと……!」


「最後のチャンスです。これで街を取り戻すか、飲んで死ぬか。お好きにどうぞ」


 震える手で小瓶を受け取るヘルマン。その顔はすでに青ざめ、足元は震えていた。


「……これが、公爵からの最後通牒、か」


 小瓶の中には澄んだ液体がわずかに揺れていた。香料のような甘い香り。それが却って不気味だった。少量で軍一個を壊滅させる毒──ヴィオレッタがそう言った。


「使い方は簡単。グロッセンベルグを流れる川に、この毒を流せばいい。機械兵も、兵士も、民草も、すべて終わり」


「それで功績になると思ってるのか? ヴィオレッタ……!」


 毒を握りしめた手が震える。眉間に浮かんだしわが深まる。ヘルマンの脳裏には、自分の街が壊れるのことが浮かんだ。

 そして、あふれるユリウスへの憎悪


「なぜ、あの出来損ないが……あの小僧が……! なぜ私がこんなめに!!」


 壁を叩く。だが響くのは、空虚な音だけだった。


「こんなもの……これが私の最期の切り札だと? ふざけるなッ!」


 叫びながらも、ヘルマンは毒の小瓶を懐にしまう。


「私は……私はまだ負けていない。砦を奪い返し、この毒で奴らの繁栄を破壊する。公爵の命令だ。これは命令なのだ……!」


 独り言のような呟き。もう誰も聞いていないはずのその言葉が、まるで自らに言い聞かせる呪文のようだった。

 ヴィオレッタますでに壊れるヘルマンを見て笑う。


 「……さて、どうなることやら。最後の一押しはしてやったわよ、ヘルマン。あとは……あんたの意志次第ね」


 その瞳には冷たい光が宿っていた。


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