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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第75話 旅装

 グロッセンベルグ・市庁舎地下。

 市庁舎の地下、かつて避難通路だった石室に、ヘルマンの腹心たちが集まっていた。


 「連中が砦を出るのは……まあ、今日の朝か昼にはなるだろう。馬車なら半日もあれば着く」


 隊長格の男が地図を広げながら、隣の兵に指示を出す。


 「予定通り、午後には市庁舎で“和平交渉”だ。会談場所は二階の会議室。奴が座る椅子には印をつけておく。そこに毒入りのワインを出せ」


 「もし毒に気づかれたら?」


 「そのときは――この窓から狙撃だ。矢も毒を塗っておけ。絶対に仕留めろ」


 緊張が部屋を包む中、隊長は低く言った。


 「連中は、おそらく少数で来るはずだ。あの砦の技術を過信してる。いいか? 首さえ取れれば勝ちなんだ」


――――


 時間は少し遡る。

 ノルデンシュタイン砦・作戦室。ヘルマンからの停戦交渉の使者がやってきた時。

 ユリウスたちは使者の提案した停戦交渉についてどうするべきかを話していた。


「……偽物の和平だとは思う。でも、民を守るためには、この交渉の場を無視するわけにはいかない」


 ユリウスの言葉に、室内の空気が重くなる。


 セシリアが目を伏せた。


 「本当に……一人で行くつもり?」


 「危険だってわかってるだろう! なんで兄貴がわざわざ敵の本拠地に……!」


 ミリが机を叩いて立ち上がる。


 「……僕が行くべきだと思う。敵は、僕に執着している。僕が行かなければ、民間人や砦の人々に矛先が向く可能性がある」


 静かにそう言ったのは、リルケットだった。


 「奴らの動きを見ていればわかります。ユリウス殿の存在が、敵にとっていかに脅威であるか……。そして、それが希望であるかも」


 リィナも言葉を添える。


 「ユリウス様が危険を承知で出るなら、私も同行します。何が起きても、必ず守ります」


 しばらくの沈黙ののち、セシリアがため息をついた。


 「なら、せめて準備は万全に。会談場所が市庁舎のどこなのか、見取り図が必要だわ。私たちも……距離を取って待機する」


 ユリウスがゆっくりとうなずいた。


 「ありがとう、みんな。……行ってくる」


 ユリウスは覚悟を決めた。


 朝靄がまだ砦の石畳に残るころ、ノルデンシュタイン砦の正門前に一台の馬車が用意された。

 馬車のそばには、いつもの軍用の装備ではなく、簡素な旅装をまとった「ユリウス」が立っていた。いや、それはリィナである。完璧な変装に加え、声も動きも、まるで本物のように仕上げられていた。


「――じゃ、行ってくる」


 低く落ち着いた声。だが、顔の向こうにある魔導機構の奥では、リィナの演算装置が常に緊張と計算を続けている。


 その隣には、ふわふわのレースがついたメイド服に身を包んだユリウスが、帽子を深くかぶって立っていた。顔を隠しているが、落ち着かない様子は隠しきれていない。


「……ほんとにこれで大丈夫かな」


 不安そうにつぶやいたユリウスに、ミリが苦笑いで言った。


「逆だよ。あたしたちが心配なのは、アンタがこの格好で真顔で歩いてることだよ……」


「うっ……」


 ミリはいつものようにぶっきらぼうな態度を見せたが、目の奥には明らかな心配の色があった。彼女はリィナと違い、仮面をかぶるのがあまり得意ではない。


 一方で、セシリアは静かに微笑んでいた。


「どうかお気をつけて。何かあったら、すぐに魔導通信で知らせてね」


「うん、ありがとう。セシリア。ミリも」


 帽子の奥で、ユリウスは小さく微笑んだ。普段は引っ込み思案なセシリアが前線に立っているのを見て、彼はこの旅の成功を信じようと心を決める。


 リィナは馬車に乗り込み、ユリウスもその後に続く。


「では、行って参ります」


 馬車が音を立てて門をくぐり、ゆっくりと砦を出ていく。


 見送る二人の少女の姿が、背後の朝日を受けて長く伸びていた。


 ミリはふいにぽつりと漏らした。


「……また、あたしの知らないとこで無茶しないでよね、兄貴」


 その言葉に、セシリアがやさしくうなずく。


「きっと大丈夫よ。だって、あの子には“ママ”がついてるんだから」


 ミリが振り向き、目を細めた。


「……今度やったら、油さして溶鉱炉に沈めてやる」


 二人の視線の先で、馬車は霧のなかへと消えていった。



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