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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第74話 停戦交渉の罠

 ヘルマンは机を叩きつけるように立ち上がった。


 「チッ、あの女……ヴィオレッタめ、いざという時に使えん」


 書簡を丸めて床に叩きつけ、しばし憤然と歩き回る。そして、しばらくして静かに息を吐くと、冷ややかな笑みを浮かべた。


 「ならば――別の手を打つだけだ」


 扉を開け、控えていた部下を呼びつける。


 「お呼びでしょうか、ヘルマン様」


 「使者を用意しろ。和平の名目で停戦交渉を申し出る。ユリウスをグロッセンベルグに誘い出すのだ。あくまで穏やかに、誠意を持って交渉を望んでいる風を装え。相手に警戒させるな」


 「はっ」


 「そして――交渉の場は、旧市庁舎の広間だ。入り口には伏兵を置け。弓兵を二階に潜ませろ。奴がひとたび姿を見せた瞬間、四方から射殺す」


 部下は一瞬、言葉を失う。


 「和平交渉の使者に罠を仕掛けるのは……」


 「外道だとでも言いたいのか?」


 ヘルマンの声は低く、冷え切っていた。


 「我らにはもう後がない。公爵閣下の命を繋ぎ止めるには、あの砦の技術――機械兵を手に入れるしかないのだ。成功すれば我らの功績、失敗すればただの戦争の途中経過よ」


 「……かしこまりました」


 部下はうなずくと、静かに踵を返した。


 ヘルマンは再び椅子に腰を下ろし、独りごちる。


 「勝てば官軍……ユリウス、お前の首で我が名誉は蘇る」


 数日後、グロッセンベルグの屋敷。ヘルマンは薄暗い書斎で一人、重くため息をついていた。机の上には、ヴァルトハイン公爵からの厳命の書簡が広げられたままになっている。


 「逃げた民を捕らえる……そんな些事に目くじらを立てなければ……砦などに手を出さなければ……!」


 悔しさに顔を歪め、ヘルマンは拳で机を叩いた。皮肉なことに、失態の連鎖はあの小さな決断から始まったのだ。


 「だが、もう後戻りはできん……ここで成果を上げねば、公爵閣下の命で首が飛ぶ」


 彼は椅子から立ち上がり、部屋の隅に控えていた部下に命じた。


 「市庁舎だ。交渉の場は、市の代表者たちも同席する市庁舎。あくまで和平交渉を装う。分かったな?」


 「はっ。護衛の兵は?」


 「最低限でいい。交渉の空気を壊さぬよう、外に控えさせろ。……内部には私の手の者を配置する。やつが着席し、油断した瞬間――仕留める」


 「承知しました」


 部下が去ると、ヘルマンは小さく笑った。


 「ユリウス……貴様さえいなければ、私はこの街を守る英雄として、堂々と中央に帰還していたのだ……。おまえだけは……おまえだけは許さぬ……!」


 その目には恐怖と焦燥、そして哀れなほどの執念だけが浮かんでいた。


 交渉の日、ヘルマンは椅子から立ち上がると、部屋の奥に控えていた男へと顔を向けた。


 「バルド。例の部隊の用意は整っているか?」


 「はい、市庁舎の地下にすでに配備済みです。ユリウスが来たと同時に、建物ごと封鎖して――始末いたします」


 「よし……。この機を逃せば、もはや我が名誉は地に落ちるばかり……! 奴を殺し、その〈工場〉とかいうスキルを手に入れるのだ。あれさえあれば、公爵閣下のお怒りも鎮まろう……」


 そう言いながらも、ヘルマンの手はわずかに震えていた。


 (この期に及んで、私が恐れている……? ばかな……相手はただの、追放された一介の少年だろう……!)


 だが、脳裏に焼きついて離れないのは、投石機を一瞬で無力化し、戦場の要であるバスラーをもろともに叩き潰したと報告を受けたあの金属の巨人――。


 「……バケモノが……。だが、それを操るのは人間だ。毒を盛れば、剣で刺せば、死ぬ……!」


 言い聞かせるように呟き、ヘルマンは手元の書簡を握り潰した。


 「バルド、最後の確認だ。市庁舎にはどのように誘い出す?」


 「停戦の申し出です。“捕らえた難民を返す代わりに、交渉の席を設けたい”と。ユリウスは民を見捨てられまい。必ず来ます」


 「……ふん、甘さが奴の命取りとなる」


 その言葉に、わずかな勝利の笑みがヘルマンの口元に浮かんだ。


 「迎えよ。今度こそ、この手で砦を――〈工場〉を手に入れてやる……!」


 ――かくして、停戦交渉という名の罠が張り巡らされる。


 ユリウスの運命は、再び剣の上を歩くかのように危うい均衡の中にあった。


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