表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

73/213

第73話 崖っぷち

 グロッセンベルグの代官屋敷。重苦しい空気が立ちこめる執務室に、一通の書簡が届けられた。

 ヘルマンは手にした封筒をじっと見つめていた。赤い封蝋には、三本の剣と鷲の紋章――ヴァルトハイン公爵家の紋が刻まれている。


 「……とうとう来たか」


 呟きながら封を切る。中から取り出した羊皮紙に、震える手で目を通した瞬間、顔色が見る間に青ざめていく。


 『敗戦の責は重い。お前の采配が我が名に泥を塗った。汚名をすすげぬのなら、死をもって償え』


 直筆のサイン。重厚な筆致で書かれた「カール・フォン・ヴァルトハイン」の名が、容赦なくヘルマンの胸を貫いた。

 手が勝手に震え、書簡を床に落とす。


 「な、なぜだ……まだ、終わっていない……!」


 震える声で叫ぶが、その叫びは虚しく空間に吸い込まれた。


 ――指揮官を失って退却したとはいえ、兵の半分は戻った。まだ戦える。まだ挽回できる。


 ヘルマンはよろめきながら机に手をつき、歯を食いしばった。


 「そうだ……砦だ。あの砦にある技術を手に入れれば……公爵閣下は、きっと許してくださる……!」


 狂気に縋るような眼差しで、窓の外を睨む。そこには、既に夕闇が忍び寄っていた。


 「ユリウス……貴様さえいなければ……」


 ヘルマンの脳裏に浮かぶのは、巨大な機械兵とともに投石機を破壊し、自軍を蹴散らしたあの少年の姿。

 彼の目が、暗く、鈍く光った。


 「どんな手を使ってでも……砦を、手に入れてみせる」


 ヘルマンは焦燥を隠しきれない顔で、部下に命じていた。


 「……奴を、もう一度呼べ。あの女、ヴィオレッタをだ」


 しばらくして、例の黒衣の女――ヴィオレッタが再び姿を現した。


 「あら、またお会いするなんて。前回の失敗は残念でしたね」


 艶やかな微笑を浮かべながらも、どこか突き放すような態度。

 ヘルマンは机に両手を叩きつける。


 「ふざけるな! あんな薬が効かないとは聞いてなかったぞ!」


 「おかげで、あなたのところからは撤退命令が出ました。帝都でも私たちの立場、微妙になってますの。これ以上、あなたの無計画に付き合えば、こちらも危険ですわ」


 「おい、待て。まだ策はある。協力すれば、砦の機械兵を全部――」


 「いえ。結構です」


 ぴしゃりと冷たく言い放ち、ヴィオレッタは踵を返す。


 「……ユリウス様は、もう私の手では落とせません。残念ですけどね。ふふっ。セシリアちゃんも本気になるでしょうし」


 黒衣の裾を翻して去っていくその後ろ姿を、ヘルマンは拳を握り締めて見送った。


 「くそっ、使えん女め……!」


 苛立ちを胸に、彼の思考は次なる策――もっと卑劣で、もっと確実な罠へと移っていく。


 「……ならば。和平を装うまでよ。やつが人道と理性を捨てきれないなら――それが命取りになる」


 ヘルマンは紙と筆を手に取り、丁寧に停戦協定の申し入れ状を書く。


 「よもや、断りはせんだろう……あのガキめ」


 唇の端が、ゆっくりと、薄ら笑いを描いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ