第72話 ライナルト、ユリウスの勝利を知る
ヴァルトハイン公爵邸・謁見室
床に膝をついた使者の報告が終わると、謁見室には重苦しい沈黙が落ちた。
「……砦の民兵に、敗北した?」
静かに、しかし怒りを押し殺したような声が響いた。
玉座ではなく、石造りの高座に腰かけていたヴァルトハイン公爵が、冷たい視線で使者を睨みつけている。
「バスラーは討たれ、五台の投石機はすべて破壊。軍は指揮を失って撤退……この報は、間違いないな?」
「は、はい。確認済みでございます……」
公爵が深く椅子にもたれかかり、指を組む。その瞳には、憤怒よりも冷酷な何かが宿っていた。
「ならば、報いを受ける者がいるということだ」
その瞬間、奥の扉が勢いよく開かれた。
「父上!」
怒声と共に姿を現したのは、嫡男ライナルト。黄金の刺繍が施された軍装を身に纏い、剣を腰に佩いている。
「砦の件、本当ですか!? ユリウスが、先に軍功を立てたと……!」
その口調は荒い。出来損ないの兄が自分より先になど、許せるはずもないからだ。
「そうだ。貴様の初陣の前に、あの役立たずが貴族の軍を討ち破った。皇女セシリアと……帝国騎士の残党を従えてな」
「あり得ない……奴は追放された身ですよ!? 僕の、僕の影ですらなかったはずなのにっ!」
怒りで肩を震わせるライナルト。その拳が壁を打ちつけ、石にひびが走る。
「このままでは、帝都の目も、他家の目も、あいつを英雄として見る……!」
「わかっておる」
公爵がゆっくりと立ち上がった。その姿は、まるで老いた獅子のように重厚で、だが怒りの炎を静かに燃やしていた。
「我が家の恥をすすぐには、グロッセンベルグのヘルマンが償わねばならん。奴に与えた兵を、機を、全て失わせたのだ。自らの無能を、死をもって贖わせるべきだろう」
「――しかし、父上。ユリウスを討つ栄誉は、必ず私に」
「……ライナルト」
公爵は息子に近づき、その肩を叩いた。
「焦るな。我が家の誇りは、最後に勝った者のもとに残る。ユリウスがいかに足掻こうと、貴様が正統の嫡子であることに変わりはない」
「……はい」
「だがそのためには、やつの足場を崩さねばならん。――ヘルマンに命じよ。砦の力を奪い取るのだ。あの技術、あの機械、そして……ユリウスの命。すべてだ」
ライナルトがにやりと笑う。
「ええ。今度は、奴を影にすら映らせませんよ。完膚なきまでに、潰します」




