第71話 ママの真実
「ままでちゅよ〜、ユリウス坊や〜♪」
リィナは調子を合わせるように笑顔で抱きついたが、その声にはわずかな緊張が滲んでいた。
――だが次の瞬間、くるりとユリウスをミリに預け、真顔に戻る。
「ごめんなさい、ふざけているように見えたかもしれませんが……あれは、暴れさせないための対応です」
「え……?」
セシリアが思わず声を漏らすと、リルケットも頷いた。
「記憶や判断が混乱している者に、強く否定するのは逆効果。特に薬物で洗脳されかけた状態なら、感情が爆発する可能性がある」
「だから、合わせたのね……」
「はい。あのまま『違う』と言えば、ユリウス様は混乱し、敵味方の区別もつかなくなっていたかもしれません」
リィナは震える拳を握りしめながら言った。
「……本当は、そんな役目やりたくなかった。でも……ユリウス様を傷つけさせたくなかった」
その言葉に、誰も返すことができなかった。
「セシリア様。どうか……ユリウス様を、元に戻してください」
リィナの切なる願いを受け、セシリアは小さく頷いた。
「……わかった。私にできること、全部やる」
ユリウスは執務机にもたれかかり、虚ろな目で宙を見つめていた。頬には赤みがさし、呼吸は浅い。
「これは……幻惑系の薬物ね。しかも複合……!」
セシリアはそっと脈をとり、魔力の流れを確かめながら、術式を構築する。
「〈精霊の環〉……ユリウスの魔力と血流を整える……」
ユリウスの体を包む光。それに反応するように、呼吸が落ち着いていく。
「次は……王宮で学んだ解毒剤……お願い、効いて……!」
セシリアは瓶から液体をゆっくりとユリウスの口に注ぐ。ごくん、と音がして、ユリウスの喉が動いた。
「ユリウス……戻ってきて。あなたは……あなたは、そんなところで眠っちゃダメ……!」
そして数拍の静寂ののち――ユリウスの眉がぴくりと動いた。
「……セ……シリア……?」
セシリアの目に涙が溢れた。
「よかった……戻ってきた……」
ユリウスの解毒が終わり、意識が戻ると、皆がほっとしたように息をついた。
「よかった……本当に、よかった……!」
セシリアが胸に手を当て、涙を浮かべて微笑む。
「もう、大丈夫だからね、兄貴」
ミリも笑顔で、そっとユリウスの手を握る。
「ふう。これで任務完了だ」
リルケットが通信機を切りながら言い、リィナも満足そうに頷いた。
「さすがセシリア様の調合です! ユリウス様の体内から、毒素は完全に――」
その時だった。
「ままはここでちゅよ〜〜♡」
またもやあの口調で、リィナがユリウスの背後からぴょこんと顔を出し、満面の笑みで宣言した。
「えっ!?」
一同、硬直。
「あ、あのリィナさん? さっきは“暴れさせないため”って真面目に言ってたよね?」
セシリアが引きつった笑みを浮かべて指摘すると、
「……はい、あれは最初は真面目にやったんです。でも、ちょっとだけ……癖に……」
リィナは視線を逸らし、指をつんつんと突き合わせながらも、口元はにやけている。
「……完全に楽しんでんじゃねーか!!」
ミリがズバッとつっこみを入れると、
「ご、ごめんなさい。でもユリウス様の“ままー”があまりにも可愛くて……! 録音しておけばよかったです!」
「録るなーーーっ!!」
全員のツッコミがリィナに炸裂した。




