第7話 ノルデンシュタイン砦到着
ガタゴトと揺れる馬車の音だけが、不毛の荒野に響いていた。日を追うごとに寒さは増し、木々一本生えていない岩と土ばかりの風景は、どこまでも続いていた。ユリウスとミリを乗せた馬車は、公爵家を追放されてからすでに数週間、北へと向かって走り続けている。
ミリは、相変わらず言葉少なだったが、この過酷な旅路で少しずつ、警戒心が薄れてきていた。それでも、彼女の小さい体は疲労困憊で、寒さに身を震わせ、馬車の隅で小さく丸まっていることが多かった。食料はユリウスが持ってきた保存食があるため飢えることはないが、それでも肉体的な疲弊は隠せない。
ユリウスもまた、連日の馬車の揺れと、見慣れない荒野の寒さに疲労を感じていた。だが、彼の瞳の奥には、確固たる決意の光が宿っていた。この荒野こそが、彼が前世の知識を解き放ち、新たな文明を築き上げるための、白紙のキャンバスなのだ。
そして、ある日の午後。御者の「着いたぞ!」という、疲れ果てた声が響き渡った。
ユリウスは、顔を上げて窓の外を見た。遠く、地平線の向こうに、巨大な影が霞んで見えた。それは、風雨に晒され、一部が崩れ落ちているものの、未だその威容を保つ、巨大な石造りの建築物だった。
「……あれが、ノルデンシュタイン砦か」
ユリウスはかつて地図で確認したその名をつぶやいた。魔素の異常な濃度のせいで放棄されたという古の砦。しかし、彼の目には、それはただの廃墟には映らなかった。堅牢な石壁は、彼の「工場」の基礎となるには十分すぎるほど強固に見えた。
馬車が軋む音を立てながら、ゆっくりと近づいていく。砦は近づくにつれて、その大きさと荒廃ぶりを露わにした。巨大な門は朽ちかけ、城壁には草が生い茂り、ところどころ崩壊した塔が空を衝いている。しかし、そのスケールは圧倒的で、かつてこの場所が、北の防衛拠点としてどれほど重要な場所だったかを物語っていた。
「……ここが、僕たちの新しい家だ、ミリ」
ユリウスは、隣で呆然と砦を見上げているミリに声をかけた。ミリの顔には、疲労と、そしてこの荒涼とした地に立つ巨大な廃墟への、不安と困惑が入り混じっていた。
御者が馬車を止めると、凍てつくような冷たい風が吹き荒れ、ミリは思わず身を縮めた。彼女にとって、この場所は希望ではなく、ただただ広がるばかりの絶望の象徴のように感じられたのかもしれない。
ユリウスは、馬車を降り、足元の硬い土を踏みしめた。荒廃した砦の入り口を見上げ、冷たい風を顔に受けながら、彼は静かに、しかし確かな決意を固めた。
(ここからだ。ここから、僕の『工場』を、始める)
決意を胸にしているユリウス。
御者は手綱を放し、彼に冷たい視線を向けた。
「おい、坊主。ここから先は、てめえらの場所だ。北はここからが本番だぜ。生き残れるもんなら、な」
御者の言葉は、彼らが完全に公爵家の庇護から外れ、この荒野に置き去りにされたことを突きつけるようだった。その声には、嘲りにも似た諦観が混じっていた。
ミリはその言葉に小さく肩を震わせた。彼女の顔には、疲労と、そしてこの荒涼とした地に立つ巨大な廃墟への、不安と困惑が入り混じっていた。
ユリウスは、御者の挑発的な言葉には何も返さなかった。荒廃した砦の入り口を見上げ、冷たい風を顔に受けながら、彼は静かに、しかし確かな決意を固めた。
「さあ、行こうか、ミリ」
ユリウスは砦に向かって歩き出す。廃墟となった砦は、彼の新たな物語の始まりを告げる、静かで、しかし確固たる舞台だった。