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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第68話 混沌の魔女

 夕暮れのグロッセンベルグ。城壁の門が重々しく開き、戦場から帰還した兵たちが次々と中へ入ってきた。

 無言の行軍だった。誰もが肩を落とし、顔には疲労と動揺の色が濃い。鎧は煤にまみれ、槍は折れ、盾は砕けていた。


 「門を開けろ! 急患だ、担架を通せ!」


 叫びながら駆け込んでくる衛生兵たちの声が、町に敗北の空気を広げていく。

 砦の戦況を見守っていた指揮官、グロッセンベルグの代官ヘルマンは、報告を受けて執務室に姿を現した。


 「どういうことだ、これは」


 開口一番、低く抑えられた声に怒気がにじむ。

 副官の一人が膝をつき、震える声で報告する。


 「……敵の反撃を受け、投石機五台をすべて失いました。指揮官バスラー殿が討たれたため、軍は統制を失い、やむなく退却を――」


 ヘルマンは机を拳で叩いた。


 「退却? 我々は、砦ひとつ攻め落とすために何百も動員したんだぞ!」


 「はい……しかし、敵には予想外の戦力が……。金属製の機械兵が二体。うち一体は、メイド服を着た少女の姿でしたが……とても人間の動きとは思えません」


 「メイド……だと?」


 あまりに現実味のない報告に、ヘルマンは顔をしかめた。


 「バスラーは老練な軍人だった。まさか一撃で……」


 副官が小さく頷く。


 「本陣を直撃されました。迎撃する暇もなかったとのことです」


 ヘルマンは沈黙する。

 机の上に置かれた地図を睨みつけたまま、やがて呟くように言った。


 「……だが、軍そのものが全滅したわけではない。兵は戻ってきた。戦力は、まだある」


 その瞳には、敗北を認めぬ炎が燃えていた。


――――


 夜のグロッセンベルグ。敗退した兵士たちの報告を受けたヘルマンは、玉座ではないが重厚な椅子にもたれ、沈黙していた。


 「指揮官を失って退却、だと……」


 低くうなるような声。怒りに満ちた目で、床に膝をついた副官を睨みつける。

 報告が終わった後も残された副官。恐怖で額に汗がにじむ。


 「兵士が残ったのは不幸中の幸いだ。まだ……終わってはいない」


 ヘルマンはゆっくりと立ち上がると、奥に控えていた小姓に命じた。


 「呼べ。あの女を」


 小姓の顔がこわばる。「まさか……“混沌の魔女”を……」


 「ほかに誰がいる。戦場で勝てぬなら、影から奪うまでだ」


 しばらくして、部屋の扉が音もなく開いた。


 そこに現れたのは、黒いフードに身を包んだ細身の女。瞳はどこか焦点が合っておらず、口元には奇妙な笑みが浮かんでいる。


 「ヘルマン様……私をお呼びで?」


 「名は?」


 「ヴィオレッタ。以前と同じですわ」


 女がフードを取ると、白銀の髪と、妖艶な香りがふわりと広がった。


 「目的はただ一つ。ノルデンシュタイン砦の主、ユリウスとかいう若造を薬で支配し、砦を内側から手に入れろ」


 「洗脳でよろしいのですね。美しい若者の精神を壊すのは、わたくし大好物でして」


 ヴィオレッタは喉を鳴らすように笑いながら、腰の小瓶をひとつ取り出した。虹色に揺れるその液体は、見る者の目を引きつけて離さない。


 「これは、理性を薄く、夢とうそを混ぜる霧の滴……。ご所望の結果は、きっとお見せできます」


 「失敗は許さんぞ。あの砦の力、あの機械兵を手に入れねば、我が地位は危うい。お前の薬であのユリウスを“こちら側”に引き込め」


 「ええ。彼がどんな想いで戦っているのか、すべて見せてもらいましょう」


 闇夜に紛れ、混沌の魔女ヴィオレッタは笑いながら消えた。

 狙うは、砦を守る者の心と魂――。


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