第64話 撤退
草の焼け焦げた匂いが立ち込める中、ユリウスは「オリオン」のハルバードを携えて前進する。巨大なパワードスーツの足音に混じって、疾駆するリィナの軽やかな駆動音が響く。彼女は足回りを魔導強化し、ユリウスの側面を警戒しながら伴走していた。
「ユリウス様、正面、三台目の投石機、再装填中です」
「了解、右から回り込む!」
ユリウスはオリオンの姿勢制御を切り替え、右脚に重心をかけて加速する。全身の関節から魔素駆動の唸りが上がり、オリオンは装甲の質量をものともせず、大地を跳躍するように進む。標的は、木製フレームと石弾を抱えた投石機。組み上がったばかりのそれは、リロードの手間で完全には稼働していなかった。
ハルバードを振りかざし、ユリウスは斜めに切り込む。
「……壊れろッ!」
金属の塊が木の骨組みに直撃し、機械めいた破壊音と共に三台目の投石機が砕け散る。周囲の兵士たちが悲鳴を上げて散り、リィナがその隙を突いて大剣を一閃する。銀色の光が獲物に襲い掛かる蛇のように放物線を描き、次の投石機の駆動輪を切断する。
四台目、無力化。
「順調です、ユリウス様!」
「こっちも確認。残り一台――左前方に五台目!」
通信機越しの会話に緊張はあるが、どこか誇らしげな声が交差する。これが、彼と彼女が積み上げた信頼の形だった。
そのとき、敵陣の奥で喇叭が鳴る。指揮官――バスラーだ。
「増援がくる……リィナ、分断されたら各個撃破される。俺が五台目を潰す、君は退避経路を確保して!」
「了解しました。どうか、ご無事で……ユリウス様」
二人は再び分かれ、互いの役割に向けて奔る。
これで、敵の投石機は残すところあと一台。短期決戦こそが勝利の鍵――ユリウスは咆哮するオリオンを操り、灼熱の戦場を突き進んだ。
投石機五台目――ユリウスが巨大なハルバードを振りかざし、機構部へと叩き込む。
衝撃と共に軸が砕け、巻き上がる粉塵の中で、最後の投石機が崩れ落ちた。
「よし、残るは――指揮官だ!」
ユリウスは通信機を通してリィナに呼びかける。
「リィナ、指揮官を倒して、すぐに撤退する。混乱している今しかない!」
「了解です、ユリウス様!」
二人の巨影が煙と混乱を切り裂き、戦場の後方へと突撃する。
一方、指揮本陣。
「な……ばかな……!」
戦場の丘から全体を見渡していたバスラーが、愕然とした表情で呟く。
「すべて……やられたのか? 投石機が、五台とも?」
副官が駆け寄り、震えた声で報告する。
「はい、敵は二体。全身を金属で覆った人型の機械兵と――もう一体は、メイド服を着た少女です。信じがたい動きで投石機を破壊していきました!」
バスラーが顔を上げた刹那、ユリウスの操るオリオンが地響きを立てて迫り、斬撃が放たれる。
「ぐっ……!」
叫ぶ暇もなく、ハルバードの一撃が指揮台ごと本陣を両断した。
指揮系統を失った兵たちは、次々に後退を始める。
「指揮官、戦死――っ!」
「敵襲だ、退け、退けぇぇ!」
隊列は崩れ、統率のとれない混乱が野営地を覆う。
「リィナ、引こう!目標は達成だ」
「はいっ!」
二人の影は、突撃と同じ速度で戦場を抜け去っていった。




