第62話 グロッセンベルグ、出撃
重厚な扉が軋む音を立てて開かれ、軍議室に兵士たちが続々と集まってくる。代官ヘルマンは上座に座し、眼前の地図を見下ろしていた。砦とその周囲、村落、補給路が描き込まれた地図には、いくつもの印が刺さっている。
「……揃ったな」
ヘルマンの低く落ち着いた声が、室内に静けさをもたらした。
「ノルデンシュタイン砦が、予想以上の速度で勢力を拡大している。これは放置できる問題ではない。すでに工房や冷却装置、訓練された自警団……我々が把握していた以上の組織力を持ちつつある」
ヘルマンは、砦の位置に指を置いた。
「このまま放っておけば、いずれ公爵閣下の耳にも入る。そうなる前に、我々の手で潰す」
部屋の隅で緊張した面持ちの将校たちが頷いた。
「遠征軍の総指揮は、ヴィクトール・バスラー中隊長に任せる。正規兵三百名に加え、徴兵八百、弓兵二百、工兵百。投石機は五基。補給はこの街の備蓄から出す」
バスラーが一歩前に出て、拳を胸に当てて敬礼する。
「はっ。必ずや、反乱の芽を刈り取ってみせます」
「良いか、これは討伐ではない。摘発だ。荒野に巣くう叛徒共に、秩序の重みを思い知らせてやれ」
ヘルマンの口元が引きつる。焦りは隠しきれていなかった。
「手早く終わらせろ。投石機を前線に展開し、砦を崩してから突撃。民は恐慌に陥るだろうが、構わん。砦を落とした後は、反乱分子は処刑。それ以外は奴隷として再編成する」
バスラーは黙って頷く。背後の将兵たちにも、ただならぬ空気が伝わっていた。
「出撃は三日後。それまでに準備を整えろ。……以上だ」
兵たちが敬礼とともに退出していく中、ヘルマンはひとり地図を見下ろしていた。
(潰さねばならん。今ここで、芽のうちに……)
ノルデンシュタイン砦の南方、荒野の丘陵地帯を哨戒中のリルケット率いる自警団。
その一人が、地平線に舞い上がる土煙を見つけた。
「……隊長、あれ……!」
リルケットは静かに望遠鏡を構え、土煙の先を見据える。整然と並ぶ歩兵、荷車を引く工兵部隊、そして後方に設置される投石機――。
「間違いない、軍勢だ。数百……いや、それ以上。まっすぐこちらに向かっている」
すぐに魔導通信機を取り出し、砦との回線を開く。
『こちらリルケット、南方哨戒隊。敵軍を発見。大規模な部隊がこちらに向かって進軍中。正規兵と思われる装備に加え、投石機も確認。指揮官の詳細は不明』
数秒後、通信機からユリウスの声が返ってきた。
『了解。全軍に警戒態勢を。自警団は距離を保ちつつ、敵の速度と規模を記録してくれ』
『任せてください。リルケット、これより敵軍の追跡に移る』
通信を切ると、リルケットは馬を翻し、部隊に命じた。
「いいか、無理に接触するな。敵の数は多い。こちらは監視に徹するぞ!」
「了解!」
薄い砂煙の向こう、敵軍はゆっくりと確実に、ノルデンシュタイン砦へと迫っていた。




