第61話 魔導通信機お披露目
砦の訓練場。自警団員たちが槍を構えて列を作り、掛け声とともに前進していく。リルケットがその様子を見守り、厳しくも的確な指示を飛ばしていた。
そこへユリウスが現れた。手には黒い筐体――小型の魔導通信機を持っている。
「リルケット、ちょっと時間をくれないか。面白いものができたんだ」
「……これは?」
リルケットが眉をひそめると、ユリウスは通信機を差し出した。見た目は特に特徴のない小箱だが、そこから微かな魔素の揺らぎが感じられる。
「魔導通信機。これがあれば遠く離れた相手とも、魔導回路を通じて音声をやり取りできる。伝令や旗信号よりもはるかに早く、確実に」
「……それが本当なら、戦場での指揮がまるで変わるな」
リルケットは試すように手に取り、重さを確かめる。ユリウスは彼に片方の通信機を渡し、もう一方を自分で持った。
「よし、距離を取ろう。あそこの監視塔まで行ってくれるか? 実際に使ってみよう」
数分後、リルケットが塔の上に立ち、ユリウスが地上に残る。二人が互いの通信機のスイッチを入れると、魔導回路が淡く発光した。
『こちらリルケット。聞こえるか?』
通信機から、少し硬いが明瞭な声が流れる。周囲の自警団員たちがどよめいた。
「聞こえてる。ばっちりだ。音もはっきりしてる」
『……まさか、こんな技術がこの砦で生まれるとはな。君には驚かされっぱなしだ、ユリウス』
「まだ改良の余地はあるけど、実戦でも十分使えるはずだ。これで連携が強化できる」
リルケットが塔から戻ると、何人かの自警団員が興味津々に通信機を覗き込む。
「戦いの風向きが変わるかもしれん。君の発明は、砦を守る盾にもなる」
「ありがとう。でも、僕一人の力じゃない。セシリアとミリ、それに……リィナも手伝ってくれたんだ」
ユリウスの顔に安堵と誇らしさが浮かぶ。リルケットは肩を叩いた。
「ならば、我々の役目はそれを活かすことだな」
訓練場から戻ってきたリルケットが、広場で試験を終えたユリウスたちの元へ歩いてきた。腰に剣、肩にはタオルを掛け、額の汗をぬぐいながら問いかける。
「さっきのやつ……うまくいったのか?」
「うん、バッチリ。クリアに声が届いたよ。かなり実用的になったと思う」
ユリウスが手にしていた魔導通信機を見せると、リルケットはそれを興味深げに覗き込んだ。
「面白い道具だな。これで遠く離れた仲間とも、声でやり取りできるのか?」
「そうだよ。仕組みとしては――音声を魔導回路に通して波に変換して、相手側の回路でまた音声に戻す。距離や障害物の影響を受けにくいように、魔素の流れを媒介にしてある」
「……なるほどな。それで、通信の範囲は?」
リルケットの問いに、ユリウスは少し考えてから答えた。
「今のこの小型タイプなら、砦を中心におおよそ半径数キロ。だから、見張り塔や巡回中の仲間との通信には問題ない」
「ふむ……十分広いな」
「それに、大型の中継装置を作れば、もっと遠くまで飛ばせる。理論上は、大陸の端と端でも通信できる……はず」
そこまで言って、ユリウスは少し笑う。
「まあ、まだそこまでの設備も魔力量もないけど。でも、夢じゃないって話」
リルケットは腕を組みながら、感心したようにうなずいた。
「本当に、お前は次から次へと面白いものを作るな。これが実戦で使えるようになれば――いや、きっと戦いの常識が変わる」
「戦いのためじゃない。……僕は皆を守るために作ってる」
その言葉に、リルケットは少し口元をほころばせて言った。
「なら安心だ。ユリウス殿が使うなら、どんな技術も悪くはならない」
リルケットはユリウスに王の器を見ていた。




