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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第59話 優柔不断なユリウス鍛冶場にて

 砦の鍛冶場には、打ち鍛えられた鉄と魔素の匂いが満ちていた。炉の中で赤々と燃える火が、ミリの影を壁に大きく映している。


「……よし、ここで刃を延ばして……」


 ミリは巨大なハルバードの刃先に火花を散らせながら、黙々と槌を振るっていた。それは、パワードスーツPS-01「オリオン」のための特注武器。魔素鋼の芯を持ち、重力すらねじ伏せるような質量と鋭さを兼ね備えた一撃必殺の戦斧だった。

 その時、鍛冶場の戸口から足音がした。


「……ミリ、ちょっといいかい?」


 ユリウスの声だった。

 ミリは手を止めなかった。火花を浴びながら、無言で打ち続ける。


「聞こえてるよ。でも、いま手を止めたら、鍛えの芯が死ぬから」


「……ごめん」


 静かに、ユリウスが鍛冶台の横に立つ。炎の明滅が、彼の顔を赤く染めていた。


「出撃の件、まだ迷ってるのか?」


「……ああ、迷っているというより……」


 ユリウスは答えた。目は炉の中に落ちる炎を見つめている。


「誰かがやらなきゃいけないってわかってる。僕がやるべきだってことも。でも、……それでも、誰かを殺すためにこの手を動かすのは、やっぱり、怖い」


 カン、カン、と槌の音が途切れた。

 ミリが、ようやく槌を置き、顔を上げた。


「……そういう気持ちのまま出て行ったら、殺されるよ、ユリウス」


「……」


「死ぬのは怖くないの? 死なれる方が、よっぽど、怖いんだけど……!」


 言葉の途中で声が震えた。ミリは、目を伏せ、握った拳を小さく震わせていた。


「ミリ……」


 ユリウスが手を伸ばすと、ミリはその胸に飛び込んできた。熱された鍛冶場の空気に似つかわしくない、冷たい涙がユリウスの胸を濡らす。


「お願いだから、ちゃんと覚悟して。殺す覚悟も、殺されない覚悟も……どっちもして……! じゃないと、私、支えられないよ……!」


 ユリウスは何も言わず、ミリの小さな背を抱きしめた。彼女の震える肩に、自分の手が何かを伝えられることを、ただ祈るように。


「……わかった。僕、覚悟するよ。ありがとう、ミリ」


 その言葉が、ミリの涙に少しだけ、安らぎをもたらした。

 鍛冶場に静寂が戻っていた。

 ユリウスにしがみついたまま涙を流していたミリは、やがてそっと腕をほどく。ユリウスも何も言わずにそれを受け入れた。


「……ごめん。ちょっと取り乱した」


「いいんだ。僕の方こそ、ずっと甘えていたのかもしれない」


 ミリは袖で目元を拭い、ふっと笑う。


「……あのとき、パン工場で再会してなかったら、今ごろどうしてたかな。あたしはさ、ユリウスがいなかったら、あのまま奴隷のままだったかもしれない。焼いたパンを食べて、『うめえ』って言ってくれたとき、あたし、本当に救われたんだ」


「僕もだ。あのとき、ミリのパンを食べて、まだやり直せるって思えた。僕が何も持たずに砦に来て……最初に支えてくれたのは、君だった」


 二人は無言で視線を交わし、過ぎた日々を思い返す。

 荒野に立ったあの日。

 石と砂ばかりだった土地に、少しずつ人が集まり、家が建ち、工場ができ、街ができた。

 ミリは、ずっとその中心で、ものづくりに励んでくれていた。


「……ミリ。僕、行くよ。もう迷わない。ここを守る。僕の手で、ちゃんとね」


 ユリウスは背筋を伸ばし、扉に向かって歩き出す。

 ミリは背中を見送りながら、ぽつりと呟く。


「だったら、あたしもやらなきゃね。あんたに持たせる武器は、最高の一本じゃなきゃ駄目だ」


 カン、と鉄を打つ音がまた鍛冶場に響き始めた。

 ミリはもう泣いていなかった。

 彼女の表情は鋼のように固く、火のように熱かった。


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