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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第58話 軍事転用

 砦の作戦室──地図と資料が並ぶ簡素な部屋に、重たい沈黙が漂っていた。


「……ヘルマンが本格的に動き出したか」


 報告を終えたリルケットが無言で頷く。かつて帝国騎士団に名を馳せた男の眼差しには、曇りのない覚悟があった。しかし、ユリウスの表情はいつになく沈んでいた。


「……ありがとう、リルケット。君が先に気づいてくれて助かった」


「礼には及びません。ただ、早めに対処せねば後手に回ります。敵も組織化が進んでいるようですから」


「……そうだな」


 ユリウスは地図に目を落とした。砦の周囲を囲む荒野、街道、そして補給路の可能性。地図の上では、ただの線に過ぎない。しかし現実は、その一本一本に人の命が関わっている。


「僕は……」


 誰に向けた言葉でもなく、ユリウスは呟いた。

 砦を再建し、人々の暮らしを取り戻す。それが自分の役割だと信じてきた。だが今──戦が迫っている。

 民たちの笑顔が脳裏をよぎる。パンを焼く者、服を織る者、整備に汗を流す者。すべて、自分のスキルで支えてきた日常。それが、この手で奪われるのではないかという恐れが胸を締めつけた。

 その時、静かにリルケットが口を開いた。


「――ユリウス様。お悩みなのはわかります。しかし、守るべき者がいるからこそ、戦わねばならぬ時もあります。これは、私の持論ですが」


「……それでも僕は、かつて戦うことから逃げたんだ。すべてを弟に任せて……結果、多くを失った。砦も、人々も」


 ユリウスの拳が震えていた。


「戦いは嫌いだ。だけど……今、目の前にいる人たちを守れなければ、また同じことを繰り返す。今度こそ、僕が前に立たなければ」


 目を閉じ、深く息を吐くと、ユリウスは静かに顔を上げた。そこには、迷いを押し殺した覚悟の色があった。


「ありがとう、リルケット。……僕は、決めたよ」


 ユリウスの決意、それを形にしたテストが行われる。

 砦北側の試験場。陽光を浴びてそびえるのは、鋼鉄の巨人——パワードスーツPS-01《オリオン》。その軍事転用試作機が、いよいよ初の稼働テストに臨もうとしていた。


「魔導バリスタに耐える装甲は、もう既に確保されてる。今日の試験はその先だ」


 ユリウスはそう言いながら、制御卓に向かう。試作機には新たに開発した「増力魔素ブースター」や「高出力関節駆動炉」、さらには腕部に内蔵された「魔導打撃増幅器」などが組み込まれている。


 セシリアがモニターを覗き込んで言った。


「全高五・五メルト、重量一〇・四トン。これだけの質量を機動させるには、魔素供給も一瞬の乱れが命取りよ。接触制御炉の圧縮値は?」


「三百二十まで上げた。魔素結晶を二段階圧縮して、最大出力を十秒間だけ維持できるようにした」


 ミリがぽんとユリウスの背中を叩く。


「そいつがちゃんと動いたら、すげぇことになるな。でも……ぶっ壊れたら、あんたが吹っ飛ぶぜ?」


「そのときは、次を作るだけさ」


 ユリウスは笑ってみせた。


 無人操縦モードが起動されると、オリオンは唸りを上げて歩みを始めた。装甲の隙間からは冷却蒸気が立ちのぼり、地面には一歩ごとに震動が走る。


「加速試験、開始!」


 ユリウスの声と同時に、試作機は急加速する。


 膝部の関節駆動炉から圧縮魔素が一気に噴き出し、機体が疾走する。地を蹴り、跳ね、転倒もせずに停止線まで到達。魔素冷却器も稼働し、オーバーヒートは起こらない。


 ミリが腕を組んで唸った。


「やるじゃねぇか……これなら魔導騎士どもにも負けねぇな」


「次は兵装テストよ。魔導打撃増幅器を起動して、あの鉄塊を殴らせて」


 セシリアが指差した先には、厚さ五シュテルの魔素鋼製障壁が立っていた。


 ユリウスがレバーを引くと、オリオンの右腕がうなりを上げて振り抜かれ、衝撃波と共に障壁が砕け散る。破砕面には、振動と熱による内部崩壊の痕が残っていた。


「破砕成功。……出力は想定以上だ」


 ユリウスの声には驚きと恐れが混じっていた。


「これが戦場に出れば……」


 言葉を濁す彼に、ミリは酒でも持ってくるかと冗談めかして笑い、セシリアはそっと呟く。


「——本当に、戦争のために使うつもり?」


 ユリウスは答えなかった。ただ、誰にも見えないように拳を握りしめた。



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