表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/213

第53話 帝国には過ぎたる男

 砦の通路を歩いていたスパイ――いや、商人に扮したグロッセンベルグの密偵は、ふと視線の先に現れた男の姿に動きを止めた。


(あれは――!)


 陽に焼けた肌に、重厚な黒の軍装。腰には鍛え抜かれた鋼の剣。何より、その鋭く冷静な眼差しが、記録で何度も見た姿と一致していた。


「グレン・リルケット……!? まさか、こんな辺境にいるとは……!」


 心の中で声を上げ、思わず一歩引く。

 帝国がまだ誇りを保っていた頃、その剣は百戦無敗の名を轟かせ、戦場では「斜陽の帝国には過ぎたる男」とまで恐れられた男。だが、帝国が衰退して以降、その名は聞かなくなっていた。


(斜陽の帝国には過ぎたる男、とまで称された騎士が……なぜ、こんな朽ちた砦に?)


 額に冷たい汗が流れる。

 ただの脱走農民の寄り合い所帯かと思っていたが、これは想定外だ。


「……まずいぞ。こんな人物がついているなら、あのユリウスという男、ただ者じゃない……!」


 密偵の胸に、初めて「恐れ」の感情が芽生えていた。


 スパイの男は、グレン・リルケットの姿を認めた瞬間、身体を硬直させた。

 冷や汗が額を伝い、思考が追いつかない。あれほど忠誠心の厚い騎士が、帝都を離れ、何の縁もない荒野にいる理由など、常識では考えられない。ましてや、こんな辺境の砦で巡回など……。


「……!」


 スパイは何も言わず、すっと背を向けてその場を離れた。焦るあまり、足取りがやや速くなる。

 だが、その不自然さに、すぐさまリルケットが目を細めた。


「……ん? さっきの男……」


 一見ただの行商人。しかし、砦の内部を何度も見回し、職人たちに妙な質問をしていた。物腰は柔らかいが、目が鋭すぎる。何より今の動揺。巡回中の自分を見て急に立ち去ったのは、偶然とは思えない。


「……やはり、嗅ぎつけられたか」


 リルケット――グレンは小さく息を吐くと、その場で立ち止まり、遠ざかるスパイの背を見送った。


「泳がせておくか。だが、早めに手を打たねばなるまいな……」


 風が砦の上を吹き抜け、グレンの外套をはためかせた。


 夕暮れのグロッセンベルグ。代官ヘルマンの屋敷では、重苦しい空気が漂っていた。

 行商人に扮したスパイは、泥まみれの外套を脱ぎながら、ひざまずいた。


「戻ったか。で、どうだった?」


 ヘルマンが書類から顔を上げる。冷たくも興味深げな目が男を見据えた。


「はい。ノルデンシュタイン砦……確かに人が住み着いておりました。数は百を超えるかと。砦の周囲には畑や工房もあり、外壁の修繕も進んでいます」


「ほう……落ち延びた農民どもが集まったか。ユリウスの名前でな」


「それだけではありません。砦には、帝国騎士団筆頭だったグレン・リルケットの姿がありました」


 ヘルマンの指がぴたりと止まった。


「……グレン・リルケットだと?」


「間違いありません。名前を口にする者もおりましたし、姿にも覚えがあります。あの斜陽の帝国に過ぎたる男が、なぜあんな辺境に……」


 しばしの沈黙。

 ヘルマンは立ち上がると、窓の外、北の空を睨んだ。


「まずいな……ユリウスはただの落ちこぼれではなくなっている。人を集め、技術を持ち、あのリルケットまで従えている……。勢いづけば、ライナルト様にも耳に入る」


 額に手を当て、低く呟く。


「いや、いずれ必ず届く。だが――それより前に潰さねばならん。そう遠くないうちに……確実にな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ