第50話 酒に弱いユリウス
砦のあちこちで酒盛りの声が上がっていた。自警団の面々も、鍛冶屋の若者たちも、最近は争いを忘れて樽を囲んでいる。酒が人の心の垣根を壊したのだ。
しかし、城壁の上では一人、魔導バリスタの整備に精を出すミリの姿があった。
「ったく、こんな時に限って、弦が緩んでやがる……ま、誰かがやらなきゃ、だしな」
ぶつぶつ言いながらも、手は器用に動いている。そのとき、背後から聞き慣れた足音が聞こえた。
「……兄貴?」
「やっぱりここにいたか、ミリ。はい、差し入れ」
そう言ってユリウスはウイスキーの瓶とカップを掲げた。顔はほんのり赤い。どうやら少し飲んできたようだ。
「いいのかい? こっちは仕事だってのに」
「仕事が終わったら、一緒に飲もうって言いに来た。でも……もう我慢できなくなって」
ミリは苦笑しながら、バリスタの整備を一旦中断し、ユリウスの横に腰を下ろした。
「じゃ、ちょっとだけね」
二人はウイスキーをカップに注ぎ、乾杯する。濃厚な香りが漂い、砦の静かな夜に二人の影が寄り添った。
「ふぅ……うまいな」
ミリが満足そうに笑うと、ユリウスは小さく頷き――そのまま、こてんと横に倒れた。
「おい、早っ!? もう酔いつぶれたのかい、兄貴!」
ミリは慌てて顔をのぞき込んだが、ユリウスは幸せそうな寝息を立てている。口元にかすかな笑みまで浮かべていた。
「……ったく、どこまで無防備なんだよ」
そう言いながらも、ミリはそっとユリウスの頭を自分の膝に乗せた。城壁の上に吹く風が、ほんのり冷たい。
見下ろせば、優しい寝顔。ミリは少しだけ顔を赤らめた。
「……キス、くらいなら、バレやしないよね……?」
そう、そっと顔を近づけていく――その瞬間。
「――ミリ、手伝いに来たわよ!」
「ユリウス様に任せきりは不公平ですから」
セシリアとリィナの声が同時に響いた。
「ぎゃあっ!?」
ミリは慌てて飛び退き、寝転んだユリウスの頭がごとんと地面に落ちた。
「いったぁ……え? ミリ……なんで、顔赤いの?」
「ち、違うよ!? あたしは何もしてない! 膝枕してただけだってばっ!」
「妙にキス寸前みたいな体勢だった気がします」
「証拠写真があれば提出してるところよ」
二人はミリをジト目で見た。
ミリは顔をさらに赤くして絶叫する。
「やめろおおおお!!」
ミリの叫びが、今夜もまた砦の夜空に響き渡った――。




