第48話 ウイスキー工場
ある日、砦の訓練場にて。
号令の声と、木剣の打ち合う音が乾いた空に響いていた。
「よし、そこまで! 気を抜くな、もう一度やるぞ!」
リルケットの力強い声に、自警団の面々が大きく返事をした。
その様子を見守っていたユリウスは、思わず口元に笑みを浮かべる。鍛錬を重ねる彼らの動きには、かつての混乱も迷いもなく、確かな覚悟があった。
「よくここまで鍛えたね、リルケット。彼らの顔つきが違う」
そう声をかけると、リルケットはふと眉を上げ、にやりと笑った。
「いや、俺だけの力じゃない。皆、この砦のことを真剣に考えてる。それに、お前の工場や街づくりが、やる気を引き出してるんだ。だからこそ……」
「だからこそ?」
「そろそろ酒が要るな」
「……え?」
ユリウスがきょとんとした顔をすると、リルケットは肩をすくめた。
「戦友と語り合うには、杯がいるって話さ。訓練の後に飲める酒があれば、団の結束はより深まる」
すると、それを聞いていた自警団の一人が手を挙げた。
「隊長の言う通りっす! オレたち、砦での生活には満足してますけど、やっぱり酒は欲しいッス! 祭りもしたいし!」
「そうそう、でもこの砦じゃ、酒なんて手に入らないからなぁ」
「行商人も、ここまで来る物好きはいないからねぇ……」
あちこちから声が上がる中、ユリウスは周囲を見渡してうなずいた。
「……なるほど。そうだよな。人が集まる以上、楽しみも必要だ」
そう呟くと、目を細めて、決意をにじませた。
「よし、だったら作ろう。僕たちの手で、この砦に……ウイスキー工場を!」
「おおっ……!」
「ユリウス様、マジで作るのかよ……!」
歓声と驚きの声が上がる中、ユリウスは拳を握りしめた。
住まいがあれば衣服がいる。服があれば道具がいる。そして――心を繋げるためには、酒がいる。
こうして、ノルデンシュタイン砦の次なる挑戦、ウイスキー工場の建設が幕を開けたのだった。
ウイスキー工場の建設を宣言したユリウス。その言葉に、砦の空気がざわめいた。
「おおっ、本当か!」
「飲みてぇ、マジで飲みてぇ!」
「ここ、寒いからなあ。ちょっと引っかけたい夜もあるってもんよ!」
住民たちの期待が高まる中、突然、勢いよくミリがユリウスの前に飛び出した。
「兄貴、それ、マジか!? ほんとに酒、造るのか!?」
目をキラキラさせ、握り拳を胸の前でぶんぶん振るミリ。その表情は、武器を作っているときよりも真剣だった。
「えっ、う、うん……そのつもりだけど」
圧に気圧され気味にうなずくユリウスに、ミリはまさに飛び跳ねる勢いで叫んだ。
「やったあああああああああああ!! あたし、酒、大好きなんだよ!! ドワーフだもん!! 飲まずにやってられるかっての!」
その勢いにセシリアが目をぱちぱちと瞬き、リィナが「また心拍数が上昇しています」とメモを取った。
「ミリさん、あなた、そんなにお酒好きだったの?」
「もちろんさ! ドワーフの誇りは、金属と酒と――そして宴よ!!」
自慢げに胸を張るミリの背後で、リルケットが
「まったく……ドワーフはこういう時だけ元気だな」
と苦笑した。
かくして、砦に新たな夢が加わった。
鉄と魔導と酒の香りが混ざる、自由の街への第一歩だった。




