第45話 魔素鋼
ノルデンシュタイン砦の城壁には、ついに完成した魔導バリスタが据え付けられた。
リルケットの提案により始まったこの計画は、連日、ユリウスたち技術班の努力によって実現されたものだった。
「これならクロウベアや野犬が来ても、一発で追い払えるわね」とセシリアが言うと、
「精密な狙いを付けるために魔導照準器も設けてみたんだ」とユリウスが答える。
城壁の上には数人の住民たちも集まり、完成したバリスタを興味深げに見守っていた。
「これが……魔導の力か」とつぶやいたのは、初めて砦に来た若者の一人だった。
リィナはバリスタの陰に立ち、魔導機構の調整をしていた。
「出力安定。圧縮魔素の供給量も適正。問題なし」
無表情にそう言って、ふとユリウスの方を見やる。
「すごいな、リィナ。君がいたからこそここまでできた」
ユリウスのその言葉に、ほんのわずかだけ、リィナの口元が緩んだような気がした。
だがすぐに無表情に戻り、
「当然の結果です」
と静かに答えた。
ミリが
「あたしがいなけりゃ、何も完成しないんだけどな」
とアピールすると、リィナはミリの方を見た。
「ミリの発言は自惚れ30%、嫉妬70%で構成されています」
リィナの分析に口をパクパクさせるミリ。
図星で何も言えなかった。
こうして完成した魔導バリスタの試射が終わり、その威力に皆が驚嘆する中、ユリウスの表情は浮かない。
「……これが敵に奪われたらどうなる?」
ユリウスの言葉に、リルケットがうなずいた。
「同感だ。強力な兵器は、使い手によって希望にも災厄にもなる。対抗手段が必要だ」
ユリウスは決意したように言う。
「パワードスーツをもっと強くしよう。誰にも真似できない技術で、砦を守る盾に」
その言葉に、ミリの目が鋭く光る。
「……だったら、試したい素材がある」
彼女は工房にこもり、いくつもの炉に火を灯した。魔素を鋼に練り込むという、かつてドワーフ王国でのみ可能だった秘術。高温のなかで精錬される鋼に、液状の魔素がゆっくりと注ぎ込まれていく。
「……ドワーフの誇り、見せてやる」
幾度となく炉が唸り、火花が飛び散る。ようやく鍛造された金属は、薄く青く輝いていた。魔素を宿した鋼——魔素鋼。
ミリはそれを掲げ、胸を張る。
「できたよ、兄貴。これが、魔素鋼。剣でも鎧でも、思いのままに作れる……今までのスーツとは、比べ物にならないくらい、強くできる!」
ユリウスは感嘆の声を漏らす。
「ありがとう、ミリ。君がいてくれて、本当に良かった」
ミリは、ちょっと照れくさそうにそっぽを向きながら、ふふんと鼻を鳴らした。
そして数日後、晴れ渡った砦の広場に、重々しい沈黙が流れていた。
正面には、最新鋭の魔素鋼で装甲を強化されたパワードスーツが立ち、その無機質なボディは陽光を鈍く反射している。隣には魔導バリスタが構えられ、青白く輝く魔素の矢が装填されていた。
「……本当に撃つのか、これ?」
ユリウスが額に汗を浮かべながら問いかける。
「当然だ。防御性能を証明するには、これ以上ない方法だろう」
リルケットが腕を組んでうなずく。すでに退避区域には安全柵が張られ、周囲には住民たちが息を飲んで見守っていた。
「発射準備完了。魔素圧縮率、最大まで上昇……」
リィナがバリスタの照準を調整しながら、淡々と報告する。
「ま、待って! さっきの調整、本当に大丈夫なの!?」
セシリアが叫ぶが、リィナは表情一つ変えずにカウントを始めた。
「三……二……一……発射」
青白い閃光がバリスタから放たれた。魔素の矢が音速に近い速度で大気を裂き、一直線にパワードスーツの胸部へと突き刺さる――!
――ドォン!!
鈍い衝撃音とともに、煙と砂塵が辺りに広がった。観衆が一斉に身を引く。
「パワードスーツ、被弾確認……!」
リィナの声が広場に響く。
煙が晴れると、そこには――無傷で立ち続けるパワードスーツの姿。
「……やった……!」
ユリウスが思わず拳を握りしめる。
「ふふっ、やったね兄貴!」
ミリも笑顔で跳ねるように飛びついた。
「魔素鋼の強度、確認完了。撃ち抜けませんでした」
リィナが首を傾げたまま報告するが、その頬がわずかに上がっていた――微笑んだつもりだったのだろう。
「……それ、笑ってるつもりか?」
セシリアが呆れ混じりに尋ねると、リィナは小さく首を横に振った。
「いいえ。ただ、計算通りだというだけです」
「顔がめちゃくちゃドヤってるよ……」
「ドヤ、とは?」
「……なんでもないわ……」
砦の住民たちは歓声を上げ、ミリはユリウスの袖を引っ張りながら「もっと撃っていい?」と興奮気味に聞いた。ユリウスは苦笑しながらもう一度パワードスーツの鎧を見上げる。
(これなら、そう簡単には砦を破られない――)
心の中で、ユリウスは未来への希望を一つ、確かに積み上げた。




