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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第43話 惚れ薬騒動

 ある日、セシリアはパン工場の地下、旧文明の遺構を調査していた。埃をかぶった書架の奥に、奇妙な装飾が施された石板文書がひとつ。魔導言語で綴られたそれを読み解いたセシリアの瞳が、キラリと光った。


「……“初見恋薬ラブ・エリクサー”? アルケストラ帝国時代の惚れ薬……?」


 そこには、「服用後、最初に視認した対象に強い恋情を抱くようになる」との記述があった。あまりに突拍子もない効果に、セシリアは思わず吹き出した。


「ば、馬鹿みたい……。こんなもの、本当に効果が……いや、アルケストラの技術なら……!」


 知的好奇心が全身を駆け巡る。


「研究よ、あくまで研究のため。実際に使うわけじゃないもの……!」


 自分に言い聞かせながら、セシリアは材料の調合に取りかかる。怪しげな香りのハーブ、魔素結晶を粉末にしたもの、古代植物から抽出した香液――ひとつひとつを慎重に、けれどもどこか浮かれた手つきで加えていく。

 そして完成した、小さなガラス瓶。中に揺れるのは、ほんのりピンク色の液体。


「……さあ、あとは、誰にも知られないように保管して――」


 その時、ふと背後に人の気配が。セシリアが驚いて振り返ると――


「セシリア、こんなところで何してるんだい?」


「ゆ、ユリウス……!? ち、違うのよ、これは、その、研究よ、あくまで研究っ……!」


 慌てたセシリアが手元の小瓶を握りしめたまま、後ずさる。その拍子に、足元の石につまずき――


「あっ……!」


 バランスを崩し、手から惚れ薬の小瓶がすっぽ抜け、空中でキラキラと光を反射しながら宙を舞う。


「うそ、うそ、やめて、落ちないでええええっ!!」


 セシリアの叫びもむなしく、小瓶は彼女の額に軽くヒットした後、口元へ落ち――


「ごっ……!」


 ――ごくん。


「………………」


「………………」


 しばしの沈黙。


 セシリアは硬直したまま、瓶を見つめていたが――


 次の瞬間、ぱあっと顔を輝かせて振り返った。


「ユリウスっ!! ああ、ユリウスっ!!」


「へっ?」


「あなたのその無骨な眉毛! やさしすぎて逆に距離を感じる笑顔! 無意味に大きな手! 全部が好きっ!!」


「ま、待って!? それ本音!? いや、薬の影響!?」


 ユリウスが戸惑い、数歩あとずさるが、セシリアはぴょんぴょん跳ねながら迫ってくる。


「今日のユリウスは……なんだか、食べちゃいたいくらい素敵!」


「た、食べ――!?」


 ユリウスが限界の顔になったところで、タイミング悪く(良く?)工房の扉が開いた。


「セシリア~! またあんた変な薬作って――うわあああああ!? なに脱ごうとしてんの!?!?」


 駆け込んできたミリの叫びに、さらにリィナの冷静な声が重なる。


「スキャン完了。感情高ぶり指数オーバー90。これは――まごうことなき惚れ薬の症状です」


「どこの専門機関だよそれ!?」


 慌ててセシリアに飛びついて羽交い締めにするミリ。


「ちょっと! なにするのよミリ! 恋する乙女に対する妨害は許されないんだからっ!」


「許してたまるかっ!! 今すぐこのローブ閉じろ!!」


 そんな混沌とした地下工房で、ユリウスはただひとり、天井を見上げながらぼそりと呟いた。


「……これ、本当に研究だったのかな」


「……全くもう、セシリアさん!」


 場面は変り砦の一角、セシリアの研究室。セシリアは正座し、目の前にはミリとリィナが腕を組んで仁王立ちしていた。


「残ってとは言ったけど、こーんなことしろなんて、あたし言ってないからね!? 惚れ薬って何よ!? しかも自分で飲んで迫るとか、やばすぎでしょ!」


「……ごめんなさい……」


「これは倫理にも禁忌にも反しています。セシリア様、ユリウス様への感情に流されてはいけません」


「うぅ……ほんとに研究だったのよ……ほんのちょっとだけ夢見たかっただけなの……」


 セシリアは項垂れ、肩を小さく震わせる。叱った二人も、それ以上強くは言えず、顔を見合わせてため息をついた。


「……まあ、今回は許してあげる。でももう変な薬は作っちゃダメよ」


「記録にも残しませんが、次はそうはいきませんからね?」


「……うん……ありがとう……」


 そうして、セシリアとリィナはそれぞれ部屋を後にする。


「じゃあ、私は機関室へ」


「私も自室で作業が残ってますから」


 扉が閉まり、部屋に一人残されたのはミリ。


「……ふぅ。まったく、セシリアは突っ走りすぎなんだから……」


 そうつぶやきながら、ふと机の端に置かれていた小瓶に目が留まる。


「……あれ、惚れ薬……一本、残ってる……」


 ちょん、と指でつつく。ラベルにはくるくるした文字で「アルケストラ式恋愛補助液(試作1号)」と書かれていた。


「……べ、べつに……使うわけじゃないけど。ね? 研究資料として、保管。保・管。大事よ、大事」


 そうつぶやきながら、ミリはそっと瓶を懐に――


「…………」


「………………」


「…………………」


 背後に、気配。


「……嘘でしょ」


 振り返ると――

扉の陰から顔を半分だけのぞかせたリィナとセシリアが、無言で見ていた。


「な、なんでまだいるのよ!?」


「リィナが忘れ物したって言うから付き添って戻ってきたの。そしたら……」


「ええ。ばっちり見てました」


「ち、ちがっ……これは、べ、べべべべつに、そ、惚れ薬じゃないし!」


「ねえセシリア、ミリって実は一番危険なんじゃない?」


「わたし、もう次はユリウスに近づかせないから!」


「や、やめてーっ!!」


 ミリの叫びが、砦の夜に響き渡った。


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