第42話 魔素縮退炉
ノルデンシュタイン砦の中枢、〈動力棟〉と呼ばれる一角。唸るような低音が響くその空間では、既存の魔素変換炉がフル稼働していた。
「……また停電? 洗濯物が途中で止まっちゃったわ」
「風呂の湯がぬるいんだけど!」
「昨日なんかパンが生焼けで……」
市民たちの不満が少しずつ、だが確実に積もっていた。
ユリウスは稼働状況を記録した魔導計器を見つめ、頭を抱えていた。
「やっぱり……人口が増えすぎて、変換炉が限界だ」
そんな彼の後ろから、トン、トン、と軽やかな足音が近づいた。
「ユリウス様。ご相談があります」
「リィナ? 何かいい案でも?」
ゴーレム少女は小さくうなずき、胸を張るように手を広げた。
「はい。アルケストラ帝国時代の技術を応用して、“魔素縮退炉”の建設を提案いたします」
「ま、魔素縮退炉……!?」
セシリアが顔を強張らせる。
「それって……魔素を極限まで圧縮して爆縮的に抽出する、あの危険すぎて封印された技術……?」
「はい。しかし、構造と制御方式を改良し、暴走率を0.4%未満に抑える設計にいたしました。ご安心ください」
ユリウスは苦笑する。
「安心……できるのかな、それ……」
リィナはきょとんと首をかしげた。
「できます。きっと」
「きっと、か……」
ミリは工具を肩にかけながら、ポンとユリウスの肩を叩いた。
「兄貴がやるって言うなら、あたしが作ってやるよ。設計図出しな、リィナ」
「了解です。縮退炉〈カオス・ゼロ〉、起動準備に入ります」
「なんで名前ついてんの!?」
セシリアがすかさずツッコミを入れた。
苦笑しながらもリィナの提案に、ユリウスは少し目を見開いた。
「カオスゼロ……。君が言っていた、古代アルケストラ帝国の遺産のひとつかい?」
「はい。魔素縮退炉。詳細な設計図まではありませんが、魔素を極限まで圧縮し、膨大なエネルギーを安定供給できる装置です」
リィナは、持っていた魔導プレートを操作し、炉心構造と魔導制御回路の仮想図面を浮かび上がらせた。
「現在の変換炉の十倍以上の効率。都市規模のエネルギー供給が可能になります」
「それが本当に完成すれば……砦じゃない、これはもう都市だな」
ミリが息を呑んで言うと、セシリアも静かに呟く。
「けれど、それほどの出力……暴走すればただでは済まないわ」
リィナはうなずいた。
「炉心には高純度の魔導鉱と、魔素遮断合金を使う必要があります。そして制御には、精密な魔導刻印と干渉制御機構が必要です。失敗すれば……崩壊します」
「ふっ。やりがいがあるじゃないの」
ミリがにやりと笑った。
「素材も彫刻も、あたしが何とかする。奴隷時代に習った技術、今こそ見せてやるよ」
「ありがとう、ミリ」
ユリウスが感謝の笑みを向けた後、真剣な表情に戻る。
「計画名……暴走の危険を抑える安全機構と、緊急遮断システムを僕とリィナで設計しよう。完成すれば……未来が変わる」
「はい、ユリウス様。全力でお手伝いします」
そしてその夜、ノルデンシュタイン砦では新たな挑戦――
魔素縮退炉の建設が静かに始まった。
そしてついに完成する。
「魔素縮退炉、ついに完成!」
リィナは自慢げに胸を張って言った。
「こちら、超高濃縮・魔素ジュースです。出力試験も兼ねて抽出してみました!」
ユリウスは受け取ったグラスの中をのぞき込む。淡く輝く青紫の液体から、ふわりと甘い香りが立ちのぼっている。
「へえ……これ、飲めるのか?」
「もちろんです! お味は……魔素一万倍! 香りは深宇宙! 喉ごしは……重力波レベルです!」
「重力波ってどんな喉ごしなんだ……」
と、そこへリィナが「じゃーん」と両手を広げ、どこからか取り出したのは――
ピンクのハート型にぐにゃぐにゃと曲がる、巨大なストローだった。
「では、これでユリウス様とラブラブ共有飲みしましょう!」
「は?」
ユリウスが凍り付く間に、リィナは手際よくそのハートストローを、二人のグラスに接続した。
にっこり笑って言う。
「“間接キス”とはこういうことですよね? 本で読みました!」
「いや、リィナ、それは違――」
ちょうどそのとき、背後から声が飛んできた。
「なにしてんのよ、あんたら……!」
ミリとセシリアが、なぜか息を切らせて立っていた。
セシリアは青筋を立て、ミリは金槌を握っている。
「ち、違う! これは実験なんだ、実験で――!」
ユリウスの言い訳に、リィナは無邪気に首をかしげた。
「では、三人用のストローを作りましょうか?」
「余計ややこしいことすんなあああああ!!」
砦の空に、ユリウスの叫びがこだました。




