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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第40話 セシリアの苦悩とミリの過去

 セシリアは足早に自室へと戻った。扉を閉めると、背を預けるようにしてゆっくりと床に崩れ落ちた。


 「……わたし、なんてことを」


 ぽつりと零れた言葉は、自嘲と後悔に満ちていた。


 ユリウスのあの表情――処刑を命じたあとの、心を削られるような苦悩の顔が、まぶたの裏に焼き付いて離れない。


 (あの人は、ただ人を助けたいだけなのに……)


 理想を掲げ、工場を築き、人々を迎え入れて、すべてを変えようとしている。その真っ直ぐで、まっすぐすぎるほどに優しい心。なのに自分は、それを利用しようとしていたのだ。グランツァール帝国の皇女として、再興のための駒として――。


 「わたし、最低……」


 セシリアは手で顔を覆い、唇を噛んだ。頬に温かいものがつたう。涙だった。


 最初はただの手段だった。才能ある男、道具としての価値。だが、いつしかその目に惹かれ、声に耳を傾け、心を許してしまっていた。


 ――気づいた時には、恋をしていた。


 愛していた。ユリウスを。


 それなのに、自分はその愛しい人を、帝国のためという大義名分で、戦争という奈落へと導こうとしていたのだ。


 (もう、近くにいてはいけない)


 このままでは、ユリウスを苦しめる。愛しているからこそ、彼の理想を穢してはいけない。彼のまっすぐな夢を、血と陰謀で汚してはいけない。


 セシリアは涙を拭い、静かに立ち上がった。


 「わたしは……別の場所で、別の方法を探す」


 彼の夢に傷をつけないために。彼を守るために。たとえ自分がどれだけ苦しくても、彼の笑顔を守ると決めた。


 セシリアの背筋は、静かにしかし凛と伸びていた。迷いはまだあった。それでも、その歩みは確かに前を向いていた。


 夜の砦は静まり返り、風の音さえも遠ざかっていた。セシリアはそっと扉を開け、荷物を肩にかける。足音を忍ばせ、誰にも気づかれないように砦の門へと向かう。


 しかし、そこには既に一人の少女が立っていた。


「やっぱり出ていくつもりだったんだな、セシリア」


 ミリだった。腕を組み、月明かりに銀の瞳を光らせている。


「……どうして、わかったの?」


「最近のあんた、目が死んでた。あんな顔でユリウスと話してても、すぐわかるよ」


 セシリアは視線を落とし、苦笑した。


「私は……最低な女なの。ユリウスを利用しようとしていた。あの人の優しさを、信頼を、全部。……なのに気づいたら、好きになってた。どうしようもなく……好きになってたのに、私は……」


 言葉が詰まる。肩が震え、荷物を握る手に力がこもる。


「だから逃げるのか?」


 ミリの声が鋭く刺さる。


「最低だって思ってんなら、ここで償えばいいじゃんか。……あんたの気持ち、私にはよくわかるよ」


「……ミリ?」


 ミリはため息をつき、前髪をかき上げる。そして小さな声で、だがはっきりと口にした。


「私、ドワーフの王族の末裔なんだ」


 セシリアの目が見開かれる。


「……! でも、ドワーフの王国は……」


「ああ。300年前、あんたたち帝国に滅ぼされた。人間至上主義ってやつで、技術も文化も全部踏みにじられてさ。祖先は見せしめとして奴隷にされたって、記録が残ってる」


 ミリはぎゅっと拳を握った。


「私は帝国が嫌いだ。でも、セシリア、あんたのことは――嫌いになれない。あんたは、あたしに手を伸ばしてくれたじゃんか」


 セシリアの喉から小さな嗚咽が漏れた。


「それに、ユリウスも……あんたがいなくなったら、きっと悲しむ。……あの人、あたしにはわかるんだ。すっげぇ強いけど、ほんとはすっげぇ脆いんだよ。あんたがいないってわかったら、笑って誤魔化して、誰にも言わずに勝手に傷つくんだ」


「……私、そんな資格……」


「資格なんて、誰も最初から持ってないよ。あんたがここで生きていきたいって思うなら、それだけで十分だよ。あたしがそうだったから」


 ミリはにかっと笑って、手を差し出した。


「戻ろうよ、セシリア。朝になったら、また一緒にユリウスの変な発明に付き合ってやろうぜ」


 セシリアは何かを押し殺すように目を閉じ、それから震える手でミリの手を握った。


「……ありがとう。ミリ」



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