第36話 ドワーフの難民
砦の中庭では、リルケットたち帝国騎士の一団が、ユリウスやセシリアとともに防衛体制の見直しを進めていた。
「この土塁の傾斜じゃ、雨が降れば崩れるぞ」
「抜け道はあるのか? いざという時の退路は用意しておいた方がいい」
戦場を知る者たちの助言に、ユリウスも真剣に耳を傾けていたその時――
「報告!」
門番の声が響き、皆の視線がそちらに集まる。
「砦の前に……ドワーフの一団が現れました!」
その言葉に、空気が張り詰める。
「ドワーフ……?」
セシリアが身構える。リルケットたちも互いに視線を交わし、警戒を強めた。リィナは頭を傾げたまま、無言でユリウスを見る。
だが――
駆け出したのは、ミリだった。
砦の門まで一直線に走り、立ち止まった彼女の瞳に映ったのは、ぼろぼろの服を着た小柄な者たち。足を引きずり、杖をつき、子どもを抱えながらも、顔を上げて立つ姿。その耳も、瞳も、間違いなく――
「……同胞……」
ぽつりと、ミリは呟いた。
そして次の瞬間、ユリウスの元へと戻ってくるや否や、彼の前に立ちはだかった。
「兄貴……お願いだ。あの人たちを受け入れて!」
いつもの勝気な表情はそこになく、涙を堪えるように唇をかみしめながら、彼女は頭を下げた。
「知らない人たちだけど、でも分かるんだ。きっと、あいつらも、帝国から逃げてきた……!」
ユリウスは驚きながらも、その訴えに真剣な眼差しを向ける。
「ミリ……」
「お願い……! これ以上、あたしの仲間が……苦しまなくていいようにしてほしいんだ!」
静寂の中、ユリウスは深く息を吸い込んだ。そして、力強く頷いた。
「わかった。話を聞こう。そして、ここで守る」
その言葉に、ミリは目を見開き、静かに、何度も頷いた。
砦の外で、ドワーフたちがじっとこちらを見つめていた。希望と不安が入り混じったその瞳に、ユリウスたちは静かに門を開こうとしていた――。
ドワーフの一団を受け入れたユリウスは、砦の西側に新たな工房兼住居区画を設けた。石と金属を好む彼らに合わせ、基礎には頑丈な岩材を用い、排気と通気を両立する構造にした。リィナとミリの助言のもと、熱源には魔素変換炉の余剰熱を利用した地中加温システムを採用。ドワーフたちはその合理性と快適さに感嘆し、口ひげを震わせていた。
「……ここが、我らの新しい炉の火だな」
白髪まじりの年配のドワーフが、炉に手をかざしながら呟いた。
一方で、砦の住民たちの間に静かな分裂が始まっていた。
最初期からこの砦にいた人々は「古参」として小さな誇りを持ち、それ以降に加わった難民たちは、もともとの村や職業ごとに小さな集団を形成していた。ドワーフたちは彼らの独自の文化や言葉を持ち、自然と固まりがちだった。
それは争いではなく、不安からくる「身内意識」に過ぎない。だが、無理に混ぜようとすれば摩擦は避けられない。
ユリウスは製図机の前で、整備されてゆく砦の地図を見ながら方針を変えた。派閥や集団を否定するのではなく、それぞれが得意分野を持ち、互いに必要とされる構造を作ること。言い換えれば、連携と交換のルールを明確にし、共存を設計するという考えだった。
ドワーフ地区は金属加工と建築部材の供給拠点とし、既存の住民たちには衣料、医療、農作物、魔導機器整備などの役割を明確に与えた。それぞれの生活圏を保障しつつ、砦全体としての機能が整っていく。
セシリアはその様子を見て、ふと遠くを見るような目をしながら呟いた。
「どうして、人は仲良くできないのかしら……」
その言葉には、どこか帝国の過去を思わせるような、深い憂いがにじんでいた。




