第31話 夜の工房
ノルデンシュタイン砦の工房に、夜の静けさが広がっていた。外はすっかり闇に包まれているが、炉の光だけがミリの背を照らしている。
ミリは無骨な鉄板を削り、溶接し、叩いては形を整える作業に没頭していた。鋼の剣はほぼ完成し、今はユリウスが構想したパワードスーツ――オリオンの骨格と外装部分の製作に取りかかっている。
「……はぁ。やっぱり鉄の加工は骨が折れるね」
額の汗をぬぐいながら、ミリはふと背後に気配を感じて振り返る。
「夜食、じゃなくて、夜の一杯」
ユリウスが微笑みながら、木製のカップを差し出した。湯気の立つそれは、香ばしい香りを放っていた。
「……コーヒー?」
「うん。魔素変換炉でちょっとだけ焙煎してみた。ほら、ミリ、すごく頑張ってくれてるからさ」
ミリは少し呆れたように笑いながら、それでも嬉しそうにカップを受け取った。
「ふふっ、あたし、職人であって、カフェのマスターじゃないよ?」
「でも、君の手がなきゃ、オリオンは形にならなかった。……本当に、ありがとう」
その声には、真剣な響きがあった。ミリは驚いたように顔を上げる。
ユリウスは、焚き火のようなまなざしでスーツの設計図を見つめた。
「……僕の夢なんだ。兵器としてじゃなく、将来的には、このスーツを医療や建設の分野でも使えるようにしたい。人を傷つける道具じゃなくて、支えるための力にしたい」
そう言った彼の横顔は、どこか頼りなくも、どこまでもまっすぐだった。
ミリは黙って彼を見つめた。熱いコーヒーが、胸の奥まで染み渡っていく。
(そっか……そういう夢を見てるんだね、兄貴)
コツン、とブーツの先で床を軽く叩いて、ミリは笑った。
「だったら、あたしも手伝ってあげるよ。ユリウスの夢、現実にするためにさ」
その笑顔は、どこか誇らしげだった。
そして、先に剣が完成する。ドラゴンでも殺すのかというような、大剣である。
リィナがその完成したばかりの大剣を手に、砦の門をくぐり抜けてゆく。そこに現れたのは、かつてセシリアを襲ったクロウベア。だがリィナは怯むことなく、むしろ楽しげに駆け出した。
「ユリウス様、あれが試し斬りにちょうどよさそうです」
彼女の手にあるのは、明らかに体格に見合わぬ巨大な大剣。しかしリィナはその重量を意にも介さず、華麗に一回転して振り抜いた。
――ズバァン!
地響きを伴って、クロウベアの巨体が斜めに裂ける。振り向きざまに血しぶき一つ浴びることもなく、リィナは微笑を浮かべた。
「お掃除完了です」
あっけに取られるようにして、ユリウスとミリが駆け寄る。
「無事でよかった! 無茶はするなよ、リィナ」
「本当だよ。いくら武器があっても、相手はあのクロウベアなんだから!」
ユリウスの声には安堵と驚きが、ミリの表情には心配と焦りが滲む。
だが、少し離れた場所にいたセシリアだけは、違うまなざしを向けていた。
(……あれだけの出力と精密制御。魔導機構の一端か、あるいは単なる筋力補助ではない。あの反応速度、戦闘経験があるとは思えないのに、最適解を選んでいる……)
セシリアはリィナの背を見つめながら、唇に指を当てる。
(……なんとしても、あの力が欲しい)




