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第3話 天命覚醒の儀

 ヴァルトハイン公爵家の城にある、厳かな儀式の間に、重苦しい静寂が満ちていた。公爵家の子供たちが15歳の誕生日を迎える際に行われる【天命覚醒の儀】。これは、血の中に眠る「天命」――その者が持つべき唯一無二の「スキル」を覚醒させる、神聖な儀式だった。この儀式で覚醒するスキルが、その者の将来と、ひいては公爵家の運命を大きく左右するとされていた。

 祭壇の中央には、天命を映し出すとされる巨大なクリスタルが鎮座し、周囲をローブを纏った神官たちが取り囲んでいる。その場には、公爵夫妻、そして双子の弟であるライナルトも参列していた。ライナルトの顔には、この重要な儀式への緊張と、兄に対する複雑な感情が入り混じっていた。

 緊張の面持ちで、ユリウスが祭壇の前に進み出る。15歳とはいえ、彼はどこか年齢に似合わぬ冷静さを保っていた。その胸中には、漠然とした期待と、前世の記憶から来る、この世界の「魔法」への知的好奇心が渦巻いていた。

 神官長が厳かに祝詞を唱え始める。古の言葉が儀式の間を満たし、クリスタルが淡い光を放ち始めた。ユリウスは、その光の中に手をかざすよう促される。彼の指先がクリスタルに触れると、クリスタルは一層強く輝きを増し、その輝きがユリウスの全身へと吸い込まれていく。

 周囲の視線が、期待と緊張に満ちてユリウスに集中する。どのような強力なスキルが発現するのか。武勇か、魔法か、あるいは外交術か。公爵家の血に相応しい、偉大なる天命を誰もが期待していた。

 光が収まり、神官長の厳かな声が響き渡った。


「天命、覚醒……ッ! そのスキルは……【工場】……」


 瞬間、儀式の間を支配していた張り詰めた静寂が、一瞬にして打ち破られた。


「……工場? な、なんだと?」

「【工場】……? そんなスキル、聞いたこともないぞ……」

「まさか、農奴が使う道具を作る、あの『工場』のことか……?」


ざわ……ざわ……ざわざわ……


 参列者たちの間で、困惑と、そして隠しきれない失笑が広がっていく。神官たちは顔を見合わせ、その表情には困惑と、わずかながら侮蔑の色が浮かんでいた。

 公爵夫妻の顔は、みるみるうちに蒼白になった。


「【工場】だと……? まさか、そのような取るに足らないスキルが……」


 父である公爵は、その声に絶望の色を滲ませた。公爵家は代々、強力な武勇や治世のスキルを受け継いできた。それに対して【工場】とは、あまりにも凡庸で、貴族の、ましてや公爵家の嫡男が持つには不釣り合いなものに思われたのだ。母である公爵夫人も、ショックのあまり言葉を失っている。

 ユリウスの隣に立っていたライナルトは、この時、まだ自身のスキルを知らない。だが、兄に与えられた「工場」という言葉を聞いた瞬間、彼の心にも困惑が広がった。しかし、それ以上に、一瞬だけ、拭い去れない優越感が芽生えたのを、彼は自覚した。


(工場……? そんなもの、何の役に立つというのだ……)


 ライナルトは、無意識のうちに拳を握りしめていた。この時、彼はまだ、この「工場」というスキルが、後にどれほどの脅威となり、どれほどの絶望を自分にもたらすことになるのか、知る由もなかった。

 儀式の間のざわめきは、鎮まることなく続いていた。公爵家から発現した、前代未聞の「工場」スキル。それは、集まった者たちの期待を裏切り、深い失望と嘲笑の種を蒔いたのだった。

 天命覚醒の儀で兄ユリウスに【工場】という前代未聞のスキルが判明し、儀式の間が騒然となる中、続いてライナルトが祭壇へと進み出た。15歳になったばかりの彼の胸には、兄への複雑な感情と、自身に与えられるであろう強大な力への期待が渦巻いていた。公爵家の威信を挽回するのは自分だと、内心強く信じて疑わなかった。

 ユリウスへの失望の色を隠せない公爵夫妻の視線が、ライナルトに注がれる。神官長は、先ほどの動揺を押し隠し、再び厳かに祝詞を唱え始めた。クリスタルは再び淡い光を放ち、ライナルトがそれに触れた瞬間、先ほど以上の強烈な輝きを放った。

 白銀の光がライナルトの全身を包み込み、その体内で奔流するような強大な魔力が、周囲の空気をビリビリと震わせた。参列者たちは、その圧倒的なエネルギーに息を呑んだ。先ほどのユリウスの時とは、明らかに異なる異様な光景だった。

 光が収束していく中、クリスタルは眩いばかりの雷光を宿していた。そして、神官長の先ほどとは全く異なる、畏敬の念に満ちた声が響き渡った。


「天命、覚醒……ッ! そのスキルは……【雷帝】……!」


 瞬間、儀式の間は静まり返った。先ほどの嘲笑や失望の色は消え去り、代わりに、驚愕と畏怖の念が満ち溢れた。


「【雷帝】……! まさか、伝説に語られるほどの……!」

「ヴァルトハインに、再び雷を操る者が現れたのか!」

「これは……公爵家の未来は、決して暗くない!」


 公爵夫妻の顔には、安堵と狂喜の色が浮かんだ。父である公爵は、感極まった様子でライナルトの肩を叩き、母である公爵夫人は、涙ながらに息子の名前を呼んだ。

 祭壇の中央で、ライナルトは自らの体に宿った強大な力を感じていた。指先には微かな電気が走り、呼吸をするたびに体内の魔力が奔流するのがわかる。その力は、先ほどまで周囲を覆っていた兄への気まずさや、自身の内にあった焦燥感を一瞬にして吹き飛ばした。


(これが、俺の力……! これが、【雷帝】……!)


 ライナルトの胸には、圧倒的な力への陶酔と、兄に対する明確な優越感が湧き上がってきた。ユリウスの持つ【工場】などという地味なスキルとは比べ物にならない、破壊的で絶対的な力。これで、誰もが自分を認め、畏怖するだろう。公爵家の名誉は、自分が取り戻すのだ。

 その時、ライナルトは、ただ一人、静かに立ち尽くすユリウスに視線を向けた。ユリウスの表情は、相変わらず冷静で、そこに喜びも落胆も窺えなかった。だが、ライナルトには、その奥底に隠された何かを感じ取ったような気がした。


(兄上……お前のその凡庸なスキルでは、決して俺には敵わない。これからは、俺の時代だ)


 雷光を宿した瞳で、ライナルトは静かにそう確信した。ヴァルトハイン公爵家に、雷帝が誕生した瞬間だった。そしてそれは、双子の兄弟の間に、越えられないほどの深い溝が生まれた瞬間でもあった。


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