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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第29話 快適なベッド

 砦の一室。木のフレームに布を張っただけのベッドに体を沈めたユリウスは、ギシリと鳴る音に顔をしかめた。


「……ダメだ、これじゃ腰が砕ける」


 翌朝、目の下にうっすらクマを浮かべたユリウスは、工房で金槌を振るっていたミリの元を訪れた。


「ミリ、コイルって作れる?」


「……兄貴、また妙なもん作ろうとしてんな?」


「スプリングって言って、バネだよ。それを組み込んで、寝ても跳ね返るベッドを作りたいんだ。中に空気や藁を詰めるんじゃなくて、鉄の力で支えるんだよ」


「鉄で寝るって、やっぱ変人だな兄貴は……いや、まあ、面白そうだしやってみるか!」


 火花を散らしながら、ミリは鉄線を巻いて渦状にし始める。巻きあがったコイルを見て、ユリウスは満足げにうなずいた。


「これを何十本も並べて、その上に布やクッション材を敷けば……僕史上最高の寝心地が実現する!」


 リィナがすっと現れて、メモ帳を取り出した。


「ユリウス様。最高の寝心地、了解しました。寝返り時の反発力と体圧分散を考慮した設計が必要です。あと、耐久試験も必要ですので、私が試しに寝てみます」


「いや、僕が寝るためのベッドなんだけど……」


 セシリアはその様子を見て、ぽつりと呟いた。


「また……文明レベルが一段階上がる気がするわね……」


 砦の一角に設置された新しい寝室で、完成したばかりのマットレスを試すユリウスたち。

 それは、木の板と藁の束の時代から飛躍的に進歩した、コイルスプリング入りの柔らかいマットレスだった。


「なにこれ……すごい……!」


 セシリアが思わず声を上げていた。

 マットレスに腰を下ろした瞬間、体を支える反発力と柔らかさが絶妙に調和し、彼女の表情が驚きから恍惚へと変わる。


「まるで雲の上に座ってるみてぇだな」

 ミリも感嘆の声を上げ、ゴロンと仰向けに倒れ込む。ふわりと身体が包まれ、今まで寝ていた木のベッドとの差に呆れるほどだった。


 ユリウスは満足げに頷いた。「これがコイルスプリングの力だよ。体重を分散してくれるから、腰にもいいはずだ」


 そこへ、スッと手を上げて発言するのは、当然のようにリィナだった。


「なお、このマットレスは――」


 声に自信をのせて、にこやかに続ける。


「――私が添い寝すると、快眠性能が120%にまで向上します。ご主人様専用の機能です」


「誰が添い寝していいって言ったのよ!」


「寝具の性能にお色気はいらねぇだろが!」


 セシリアとミリが同時に立ち上がって、リィナに詰め寄る。リィナはきょとんとしながら、少しだけ首を傾げる。


「えっ、機能強化ですよ? いけませんでしたか?」


 真顔で首を傾げるリィナに、二人はため息をついた。


「この子……絶対わかってて言ってるわよね……」


「お前の中のアルケストラ帝国、どんな文化だったんだよ……」



――――


 セシリアは、パン工場に併設された自室の机に向かい、静かにペンを走らせていた。日記帳の表紙には、古びたグランツァール帝国の紋章が刻まれている。


「七月三十日、天候は晴れ。ユリウス氏、朝のパンにレーズンが入っていて喜ぶ。笑った回数、本日三回。うち二回はミリの失言による。残り一回は、リィナの変な歩き方。」


ペンが止まる。ため息が漏れた。


「……これでは、ただの観察記録というより、好感度チェックではないかしら……」


 グランツァール帝国の復興という大義のもと、この地に足を運び、ユリウスという少年の秘めた力を観察する――それが本来の目的だった。なのに今の記録は、「何を食べて喜んだか」「どのタイミングで笑ったか」「誰の料理を二杯食べたか」など、どうにも恋する乙女の日記に近づきつつある。


「リィナ……リィナにいたっては……」


 別のページを開くと、そこにはこんな記述が。


「リィナ、着替えを拒否。魔導服を“ご主人様好みにカスタマイズ”したとのこと。セクシー度、主観で三割増。本人に反省の色なし。ミリと共に制裁済み。」


ぺし、と日記を閉じたセシリアは再びため息をつく。


「私は……私は本当に、帝国の未来のために記録しているのよね……?」


 遠くから聞こえてくるのは、ミリとリィナが口喧嘩する声と、それを宥めるユリウスの声。どこか楽しげなその雰囲気に、セシリアはそっと微笑み……そして、またため息をついた。


「……だめね。明日こそ、魔素変換炉のデータをちゃんと記録しましょう……明日こそは……」


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