表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/213

第28話 コンロが欲しい

 朝、砦の台所でリィナが湯気の立つ鍋と格闘していた。古びた竈に薪をくべ、ふうふうと火を起こすその姿は、どこか不釣り合いに見える。


「ユリウス様……」


 額に煤をつけたリィナが、鍋をかき混ぜる手を止め、振り返った。


「どうしたの、リィナ?」


「私、思い出しました。アルケストラ帝国では、竈なんて使いませんでした。もっと、こう……ボタンひとつで火が出る、魔導錬金術式のコンロがあったのです」


 キラキラと目を輝かせるリィナ。その瞳は完全に「作ってくださいモード」だ。


「ボタンひとつで……魔導で?」


「はい! 火加減も自動で調整され、吹きこぼれもありません。あと、火口が三つあって、同時に複数の料理もできる優れものでした!」


 熱弁をふるうリィナに、ユリウスは少し困った顔をした。


「いや、そんなに高性能なもの、すぐには……」


「できますよね、ユリウス様なら!」


 間髪入れず、リィナがにっこりと満面の笑みを浮かべる。目が笑っていない。背後から圧を感じるレベルの笑顔だ。


「う、うん……とりあえず図面を描いてくれたら、考えるよ……」


「やったあ!」


 ぴょんと跳ねて喜ぶリィナ。鍋の中でスープがこぼれる音がした。


「わっ!? あっ、火加減間違えました……やっぱり魔導コンロが必要です、ユリウス様!」


 その叫びに、遠くからミリの声が飛んできた。


「また何か変なの作らせようとしてるなぁー!?」


 魔導コンロの完成を見届けたリィナは、さっそくその上に鍋を置いて何やら準備を始めていた。湯気が立ちのぼると、どこか得意げな表情を浮かべる。


「ふふん、これで料理も快適です」


「……でも、変なの。あんた、メイドだけど、なんでそんなに料理に情熱あるわけ?」


 後ろからミリが眉をひそめてそう聞いた。リィナは鍋をかき混ぜながら、くるりと振り返る。


「料理とは、恋愛そのものです。相手の好みに合わせ、食材の状態を見極め、火加減に心を込める――。愛とは、手間と技術と、ほんの少しのスパイスなのです!」


「いや、なにその名言風!?」


「ご主人様に、心から美味しいと言ってもらえる料理……それが、私の理想です」


 ユリウスがそれを聞いて、頷いた。


「僕も、料理が上手な子って魅力的だと思うよ。やっぱり生活を共にするなら、そういう子のほうが――」


「……あーもーっ!」


 ミリが湯気の立ちこめる台所の奥から飛び出した。顔を真っ赤にして、リィナとユリウスのあいだに割って入る。


「ならあたしもやる! やってやるよ料理なんか!! 鉄だけがドワーフの仕事じゃねぇって証明してやる!」


「……ミリ様が、火を吹きました」


「比喩な!」


 鍋の中で煮込まれていたスープが、ちょっと焦げた。


 三人の視線が、ユリウスに突き刺さる。


「……あの、僕、何か悪いことしました?」


 ユリウスがスプーンを握りしめながら、おそるおそる言った。


 目の前には、三種三様の料理が並んでいる。


「料理が得意な女の子が好きって言ったの、あなたよね?」

 セシリアが笑顔のまま、やや目を細めて言う。


「兄貴、舌は正直だって言ったよな」

 ミリは腕を組んで仁王立ち。


「ユリウス様のために、精一杯お作りしました」

 リィナは満面の笑みでスプーンを差し出した。


「……よし、いただきます」


 まずはセシリアの魔導風キッシュ。外はパリッと、中はとろり。ハーブの香りが食欲をそそる。


「うまい……セシリア、やっぱり料理も完璧なんだね」


 次にミリの炭火焼きステーキ。豪快だが絶妙な火加減で、肉の旨味が口いっぱいに広がる。


「これまた……ワイルドで最高。肉のポテンシャル引き出してる」


 そして最後に、リィナの作った謎の煮込み料理。ふわふわのパンと一緒に食べると、まるで心まで溶けるような優しい味。


「……う、うまい……」


 ユリウスは無言で、リィナの皿に手を伸ばす。ひとくち、またひとくち……気づけば、リィナの鍋が空っぽになっていた。


「……おかわりください」


 その言葉と同時に、空気が凍った。


「ユリウス、今、なんて?」


「おい、兄貴……聞き間違いじゃねえよな……?」


「ふふっ、ユリウス様……お鍋、もうひとつありますよ♡」


 その日の夕食は、美味しさと火花と無言のプレッシャーに満ちていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ