第28話 コンロが欲しい
朝、砦の台所でリィナが湯気の立つ鍋と格闘していた。古びた竈に薪をくべ、ふうふうと火を起こすその姿は、どこか不釣り合いに見える。
「ユリウス様……」
額に煤をつけたリィナが、鍋をかき混ぜる手を止め、振り返った。
「どうしたの、リィナ?」
「私、思い出しました。アルケストラ帝国では、竈なんて使いませんでした。もっと、こう……ボタンひとつで火が出る、魔導錬金術式のコンロがあったのです」
キラキラと目を輝かせるリィナ。その瞳は完全に「作ってくださいモード」だ。
「ボタンひとつで……魔導で?」
「はい! 火加減も自動で調整され、吹きこぼれもありません。あと、火口が三つあって、同時に複数の料理もできる優れものでした!」
熱弁をふるうリィナに、ユリウスは少し困った顔をした。
「いや、そんなに高性能なもの、すぐには……」
「できますよね、ユリウス様なら!」
間髪入れず、リィナがにっこりと満面の笑みを浮かべる。目が笑っていない。背後から圧を感じるレベルの笑顔だ。
「う、うん……とりあえず図面を描いてくれたら、考えるよ……」
「やったあ!」
ぴょんと跳ねて喜ぶリィナ。鍋の中でスープがこぼれる音がした。
「わっ!? あっ、火加減間違えました……やっぱり魔導コンロが必要です、ユリウス様!」
その叫びに、遠くからミリの声が飛んできた。
「また何か変なの作らせようとしてるなぁー!?」
魔導コンロの完成を見届けたリィナは、さっそくその上に鍋を置いて何やら準備を始めていた。湯気が立ちのぼると、どこか得意げな表情を浮かべる。
「ふふん、これで料理も快適です」
「……でも、変なの。あんた、メイドだけど、なんでそんなに料理に情熱あるわけ?」
後ろからミリが眉をひそめてそう聞いた。リィナは鍋をかき混ぜながら、くるりと振り返る。
「料理とは、恋愛そのものです。相手の好みに合わせ、食材の状態を見極め、火加減に心を込める――。愛とは、手間と技術と、ほんの少しのスパイスなのです!」
「いや、なにその名言風!?」
「ご主人様に、心から美味しいと言ってもらえる料理……それが、私の理想です」
ユリウスがそれを聞いて、頷いた。
「僕も、料理が上手な子って魅力的だと思うよ。やっぱり生活を共にするなら、そういう子のほうが――」
「……あーもーっ!」
ミリが湯気の立ちこめる台所の奥から飛び出した。顔を真っ赤にして、リィナとユリウスのあいだに割って入る。
「ならあたしもやる! やってやるよ料理なんか!! 鉄だけがドワーフの仕事じゃねぇって証明してやる!」
「……ミリ様が、火を吹きました」
「比喩な!」
鍋の中で煮込まれていたスープが、ちょっと焦げた。
三人の視線が、ユリウスに突き刺さる。
「……あの、僕、何か悪いことしました?」
ユリウスがスプーンを握りしめながら、おそるおそる言った。
目の前には、三種三様の料理が並んでいる。
「料理が得意な女の子が好きって言ったの、あなたよね?」
セシリアが笑顔のまま、やや目を細めて言う。
「兄貴、舌は正直だって言ったよな」
ミリは腕を組んで仁王立ち。
「ユリウス様のために、精一杯お作りしました」
リィナは満面の笑みでスプーンを差し出した。
「……よし、いただきます」
まずはセシリアの魔導風キッシュ。外はパリッと、中はとろり。ハーブの香りが食欲をそそる。
「うまい……セシリア、やっぱり料理も完璧なんだね」
次にミリの炭火焼きステーキ。豪快だが絶妙な火加減で、肉の旨味が口いっぱいに広がる。
「これまた……ワイルドで最高。肉のポテンシャル引き出してる」
そして最後に、リィナの作った謎の煮込み料理。ふわふわのパンと一緒に食べると、まるで心まで溶けるような優しい味。
「……う、うまい……」
ユリウスは無言で、リィナの皿に手を伸ばす。ひとくち、またひとくち……気づけば、リィナの鍋が空っぽになっていた。
「……おかわりください」
その言葉と同時に、空気が凍った。
「ユリウス、今、なんて?」
「おい、兄貴……聞き間違いじゃねえよな……?」
「ふふっ、ユリウス様……お鍋、もうひとつありますよ♡」
その日の夕食は、美味しさと火花と無言のプレッシャーに満ちていた。




