第24話 試作洗濯機
砦の裏手に設けられた作業スペース。そこには、ただの洗濯桶にしか見えない大きな木桶が鎮座していた。
「これが……洗濯機?」
セシリアが眉をひそめて覗き込む。
「うん。桶の底に魔素回路を刻んであるんだ。魔素変換炉から供給した魔力で、回路を起動すると──」
ユリウスがそう言って手元の魔力調整板をひねると、遠くの魔素変換炉の側面が静かに光り始めた。炉内部の変換基盤が、周囲の濃密な魔素を吸い上げ、エネルギーに変換して送り出す。
次の瞬間、桶の底の魔導回路が淡く輝き、水面がゴボッと揺れた。
「おお、動いた……あ、ちょっと見てて」
ユリウスがさらに回路を活性化させると、中心から微細な泡が立ちのぼる。
「この泡……洗剤じゃないわよね?」
セシリアが怪訝な顔をする。
「魔素から合成したクエン酸を水に溶かしてる。皮脂汚れに効果的なんだ。ほら──」
彼が取り出した小さな布切れを水に沈めると、クエン酸が泡とともに染み出し、布の黄ばみが見る見るうちに薄れていく。
「これ……洗剤要らずってこと?」
「うん。魔素回路で必要な成分だけ抽出できる。アルカリ汚れには別の酸性魔法式に切り替えられるし、自然にも優しいよ」
「やっぱりユリウス様、天才ですわ!」
セシリアがパチパチと拍手する。
「い、いや……僕はただ、前世の……じゃなくて、生活が便利になるならって思っただけで……」
そこへ、リィナが洗濯物の山を抱えてやって来た。
「ユリウス様、試運転に適した衣類をご用意しました。主にミリ様の作業服と、セシリア様の……」
「わ、私のは見なくていいっ!」
セシリアが赤面して制止する。
「では、こちらを」
リィナがミリのエプロンを水に沈めると、桶の中でぐるぐると水流が回り、泡が立ち、たちまち布の汚れが剥がれていった。
「……これ、本当にクエン酸だけで……?」
「魔素の純度が高いこの地域だからできる芸当ですね」とセシリア。
「はい。魔素変換炉からの出力を安定供給することで、化学変性も可能となっています」
リィナが機械的に補足する。
「じゃあ次は……脱水機能つけるか」
「その前に、乾燥室もほしいなあ」
ミリの声がどこからか聞こえた。
こうして、砦にはまたひとつ、人類文明を超える洗濯技術が芽吹いたのだった。




