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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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212/213

第212話 お帰り

 ノルデンシュタイン砦の一角、かつてパン工房として整備された建物の地下には、かつてのアルケストラ帝国の遺跡が眠っていた。

 政務の合間を縫って、ユリウス、セシリア、ミリ、アルの四人は、その遺跡へと降りていく。

 ゴーレムプラントと呼ばれたその空間は、かつてリィナが発見された場所。今は封鎖されて誰も立ち入ることは許されていなかった。

 あの日、リィナが起動した時のまま。試験管もケーブルも研究の走り書きのメモも、どれもが時の流れに取り残され、沈黙していた。


「完全に……壊れてるな」


 ミリが眉をひそめる。


「起動する装置も残っていません」


 セシリアも、記録魔術の反応に首を振る。


「でも、お兄ちゃんのスキルなら――」


 アルの声に、ユリウスは静かに頷いた。


「……《工場・回帰起動》」


 その言葉と共に、ユリウスの周囲が魔力に包まれる。

 地面が唸り、空間がねじれたかと思えば――突如、遺跡の構造が変化を始めた。


 ひび割れていた床が滑らかに修復され、断絶していた導管が再接続される。

 停止していた機械群がうっすらと光を帯び、まるで時が巻き戻るように、かつての姿を取り戻していく。

 巨大な構造体の中央、ひときわ厳重に封印されていた格納槽が音を立てて開いた。


 そこに立っていたのは――


 黒い三つ編みの髪、黒のメイド服、機械と魔導の結晶体。

 かつてユリウスたちと共に戦い、命を賭して守った存在――

 ARTEMIS07《リィナ》だった。


 だが、彼女はまだ目を閉じたまま、静かに立っている。


『初期メモリーエラー。起動データが存在しません。データのインポートが必要です』


 機械的な音声が響く。


「マウスデバイスからインポートだよ、お兄ちゃん」


 アルが微笑む。


「マウスデバイスって口付けだよなあ」


 ユリウスはセシリアとミリを見た。

 二人は頷く。

 その瞳には嫉妬など無かった。


「眠れる姫を起こすのは王子様のキスでしょ」


 セシリアに促され、ユリウスは頷いた。

 そして、ゆっくりとリィナの頬に手を添えた。


「……帰ってこい、リィナ」


 そして、そっと唇を重ねる。


 刹那、記憶が流れ込む。

 喜びも、喪失も、怒りも、哀しみも。

 すべてを背負ってきたユリウスの記憶が、リィナの中に注がれていく。


 そのまぶたが、静かに開かれる。


「ユリウス様……」


 その一言に、すべてが報われるような、確かな重みがあった。

 セシリアは唇を震わせ、ミリは強く唇を噛みしめて俯いた。


「セシリア様、ミリ様。私は……皆様の記録を確認しました。……閨の記録も、すべて……」


 リィナにインポートされたのはユリウスの記憶。

 本来はリィナを作ったカール教授が、自分の愛しい人との記憶をインポートするための機能であったが、それが時代を経てユリウスの記憶をインポートすることとなったのだった。

 そこには当然、リィナが居なくなってからの記憶も含まれていた。


「っ!?」


「うわあぁぁ……!」


 セシリアは顔を覆い、ミリは肩を震わせて俯いた。だが、笑うことはできなかった。

 冗談ではなかった。茶化すような場面でもなかった。


 リィナの目には、確かに涙が宿っていた。


「……私は再起動されました。帰って、まいりました。感情……もあるみたいですね。これが嬉しいという気持ち」


 その言葉を聞いた瞬間、セシリアとミリは同時に駆け寄り、彼女を抱きしめた。


「……おかえりなさい、リィナ」


「ずっと……ずっと待ってたよ……!」


 リィナは、少し困ったように微笑みながらも、その腕に身を委ねた。


――彼女が、ついに還ってきた。


 それは、戦いの終わりと、平和の始まりを告げる鐘だった。

 そして、新たな未来を歩むための、一歩だった。


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