第211話 アルのお願い
戴冠式からしばらくが過ぎ、政務にもようやく落ち着きが見えはじめたある日。
ユリウスは書斎で資料を整理していた。
そこへ、静かに扉が開き、アルがそっと入ってくる。
「お兄ちゃん、少し……いい?」
「もちろん。どうしたんだい?」
アルはほんの少しだけ、いつもより遠慮がちに言った。
「その……お兄ちゃんのスキルって、すごいでしょ。工場も、プラントも、なんでも作れちゃうし……。」
「うん。だいぶ応用もできるようになってきたよ。最近はゴーレム関連の精密な構造まで再現できるから、研究も進んでる」
アルは嬉しそうに笑ったが、ふと真面目な顔になった。
「じゃあ、ね――もし、あたしをもう一人……作れたら。倍、お兄ちゃんと一緒にいられるよね?」
ユリウスは、その言葉に思わず動きを止めた。
「……もう一人、アルを?」
「うん! ね? あたしと同じ構造で、同じ記憶じゃなくてもいいから……あたしがお兄ちゃんといないとき、もう一人のあたしがいてくれたら、きっとさみしくないと思うの。お兄ちゃんのスキルであたしのいたプラントを再現してくれたら、そこにあたしがもう一人いると思うのよね。……変なこと、言ってる?」
「いや……違う。むしろ……その発想は……!」
――雷に打たれたような衝撃がユリウスを貫いた。
もう一人のアル。構造を再現できるのであれば……。
「リィナ……!」
呟いたその名に、アルが瞬きをする。
「リィナさん? お兄ちゃん……?」
「そうだ……リィナもまた、ARTEMIS07――プラントで作られたゴーレム。あのとき僕が見つけた遺跡の記録、構造の再構成。あれが可能なら、僕のスキルで“完成品”として再現できる……!」
「……! つまり、それって……!」
「リィナを……復活させることが、できるかもしれない」
ユリウスは立ち上がると、机の引き出しを開け、あの日のパン工房地下で記録したアルケストラ帝国時代のゴーレム設計データを取り出した。
それはただの記録ではない――“起動条件と構成要素を満たせば、製造が可能”な、ユリウスのスキルに適応できる仕様だった。
「すぐに準備を始めよう。……リィナに、もう一度――会うんだ」
その言葉に、アルは少し不安げに視線を下げたあと、にっこりと笑った。
「うん。あたしも……リィナさんに、会ってみたいな」
そして静かに囁いた。
「……ちゃんと、お姉ちゃんって呼びたいから」
こうしてリィナの復活計画が始ることになる。
直ぐにセシリアとミリを呼んだ。公務の全てをキャンセルさせて。
それだけユリウスの中では最優先のことだったのである。
ユリウスは重たい扉を閉めると、部屋の中に深いため息を落とした。彼の前には、セシリアとミリが並んで座っている。
「……ふたりに、相談がある」
その声には、いつになく躊躇いがあった。けれど、覚悟を決めた瞳が語っていた――これは彼の中で避けられぬ決断だと。
「僕は……リィナを、もう一度、作ろうと思ってる」
言葉が落ちた瞬間、部屋には一瞬の沈黙が流れた。
セシリアはまばたきをして、すぐに目を伏せた。ミリは小さく息をのんだが、それきり何も言わなかった。
「アルに言われたんだ。僕のスキルで、もう一人アルを作れないかって。そのとき――思ったんだ。もしかしたら、リィナも……って」
思い出したように、彼は拳を握る。
「彼女は命をかけて僕たちを守ってくれた。だけど、最後の瞬間、彼女は確かに……人間のように、泣いていた。怒っていた。笑っていた。もし、彼女に“心”が宿っていたのだとしたら……その魂を、今度こそ生きる世界に返したい」
セシリアは、ゆっくりと顔を上げた。
「私は……賛成よ、ユリウス」
静かで、それでいて確かな声。
「リィナはもう、ただのゴーレムじゃない。あれは、もう一人の仲間――私たちの家族だった。そうでしょう?」
ミリもこくりと頷く。
「……あたしも、いいと思う。リィナが戻ってきてくれたら……また、四人で笑えるかもしれないって、そう思ったから」
ユリウスは二人を見つめ、ゆっくりと目を閉じた。
「ありがとう。二人がそう言ってくれるなら……やっぱり、僕はやるべきなんだと思う」
そして、視線を上げる。
「今度こそ、彼女に“生きて”もらいたいんだ。人としての心を手に入れた彼女に、この世界で、僕たちと一緒に生きてほしい。笑ってほしい。泣いてほしい。そう願ってる」
窓から差し込む夕陽が、三人の決意を包み込んでいた。




