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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第209話 戴冠式

 帝都の中央、かつて帝国の栄華を象徴していた玉座の間。そこに立つのは、銀糸のような髪を編み上げ、深紅の礼服に身を包んだ女性――セシリア。いや、今日から彼女は、グランツァール帝国を継ぐ正統の皇帝となる。

 高鳴る鼓動を押し隠すように、彼女は厳かな顔で天蓋の下へと歩を進めた。その姿を、最前列の来賓席から見守っていたユリウスは、小さく息を吐いた。


「……ずいぶん、遠くまで来たものだな」


 小声でつぶやいたユリウスの隣に、ミリが立っていた。白い礼服に身を包んだ彼女は、普段の工房の油まみれの姿とはまるで別人だったが、口調はいつもどおりぶっきらぼうだ。


「遠くねえよ、まだ途中だろ。こっからが本番じゃねえか」


 ミリはふてぶてしく笑いながらも、誇らしげな視線でセシリアを見つめていた。まるで、妹の晴れ舞台を見守る姉のような眼差しだった。

 セシリアがゆっくりと玉座に座る。王笏が手渡され、臣下たちがひざまずく中、彼女は一瞬だけ目を伏せた。


「……あのとき、もし私が何もせず逃げていたら、ここには立てなかった」


 自分に向けて、あるいは亡き父に、そして過去の自分に向けて呟くように。


「私は……選んだの。誰かを犠牲にするのではなく、全てを抱えて進む道を」


 そのとき、ふと脳裏をよぎったのは、昨日シャドウウィーバから届けられたヴィオレッタの日記の最後の一文。


>『あの子だけは、私を見捨てなかった。だから、あの子の邪魔をしたかった。愛してたのよ、私なりに――』


 狂気に染まった姉。それでも、どこかでセシリアを愛していた姉。セシリアは静かに目を閉じて、ほんの一瞬だけ祈るような仕草をした。


 戴冠の冠が掲げられ、万雷の拍手とファンファーレが響きわたる。帝都広場に集う民衆と諸侯の視線が一点に注がれる中、銀の冠を戴いたセシリア・フォン・グランツァールは、ゆっくりと演壇に立った。

 セシリアは目を閉じ、一度深く息を吸う。そして、静かに、だが確かな声音で語り始めた。


「皆さま。今日、この場に立てたことを、私は生涯忘れません。


 かつて、この国は、誇り高きグランツァール帝国と呼ばれていました。しかしその誇りは、いつしか差別と抑圧へと姿を変え、分断と争いを生みました。


 私も、かつてはただの一人の魔導士にすぎませんでした。名もなく、力もなく、ただ、ある方に導かれ、知を求めて歩んできました。民の痛みに目を伏せ、真実を知りながら、何もできなかった私に、再び道を与えてくれたのは――皆さまです」


 セシリアの瞳は、最前列に立つユリウスを見つめた。


「この国は、過去の栄光に縋るのではなく、新たな秩序と共存の道を歩むべきです。種族に関係なく、誰もが誇りを持って生きられる国へ。


 そのために私は、皇帝の名を継ぎます。そして誓います――この手で、争いの連鎖を断ち切りましょう。かつての帝国に背を向けるのではなく、そこから学び、未来を築くのです」


「グランツァールは、もう一度立ち上がります。共に、新しい帝国を作りましょう」


 拍手が広場を包む。

 そして、ユリウスが演壇に呼ばれた。

 ユリウスの姿が演壇に映ると、観衆の表情は一変する。荒野の片隅で工場を起こし、無から国家を築き上げた男。英雄。救国の革命児。そして、多くの命を背負った男。

 ユリウスはセシリアに一礼し、観衆をゆっくり見渡した後、語りかけるように口を開いた。


「……僕には、皇族の血も、高貴なスキルもありません。


【天命覚醒の儀】、そこで"外れスキル"と呼ばれた〈工場〉を授かり、家族に見限られ、荒野に放り出されました。そこから始まった日々の中で、たくさんの出会いがありました。技術を分かち合い、知恵を結び、支え合って、僕たちは砦をつくり、町をつくり、国をつくった。


でもその過程で、僕は、敵も、時に味方さえも失ってきました」


 その言葉に、空気が静まる。彼の胸には、リィナ、ライナルト、エリザベート――そして多くの命の記憶があった。


「誰もが平等に、幸せに暮らせる国を作りたいと願って、僕は戦いました。でも、理想のために犠牲を選んできたのも事実です。殺さなければ、救えなかった命もあった……そのことを、僕は、一生背負って生きていきます。


だから、僕は――この国を、この未来を、命をかけて守ると、ここに誓います。


もう誰もが、あの日の僕のように、居場所を失うことがないように。誰もが、工場でパンを焼き、鉄を打ち、子を育て、笑いあえる国を――皆さんと共に築いていきます」


 セシリアが涙をこぼし、ミリは拳を握りしめ、アルは「やっぱりお兄ちゃんはすごい……」と呟く。


 演説が終わると、沈黙のあと、大きな拍手と歓声が会場を包み込んだ。


 戴冠の儀が終わり、臣下たちが引いたあと、控室に戻ったセシリアのもとへ、ユリウスとミリが訪れる。


「お疲れさま、皇帝陛下」


 ユリウスがからかうように言うと、セシリアは膨れ面を浮かべた。


「ユリウス。あなた、絶対その呼び方わざとやってるでしょう」


「もちろん。今日だけはちゃんと褒めてあげたくて」


「素直に褒めなさいよ、まったくもう……」


 ぷいと顔を背けながらも、セシリアの頬にはうっすらと朱がさしていた。ミリは腕を組んで小さく笑った。


「よかったな、セシリア。ずっと夢だったんだろ? 帝国を立て直して、皆が笑って暮らせる国を作るってさ」


「うん……でも、夢の第一歩に過ぎないわ。これからが、本当の戦い」


 セシリアはそう言って、ユリウスの手を取った。


「私は皇帝として、あなたは――」


「僕は君を支える者として、共に歩くよ」


「……ほんと、ずるい人」


 セシリアは微笑んで、そっと手を握り返す。その姿を見て、ミリは軽く咳払いした。


「はいはい、いちゃつくのは公務が終わってからにしな。今日は宴もあるんだから」


「……ごめんなさい」


「……ごめん、ミリ」


 二人に謝られたミリは、やれやれと肩をすくめながらも、どこか嬉しそうだった。

 外では、帝国再興を祝う鐘の音が鳴り響いていた。

 その音は、新たな時代のはじまりを告げていた。


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