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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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208/213

第208話 ヴィオレッタの日記

 セシリアは白銀のドレスを纏い、控室の鏡の前で深呼吸をしていた。

 今日、自分は皇帝になる。

 ただの錬金術師だった少女が、ついに帝国の象徴となるのだ。


「……これで、終わるのね」


 ぽつりと呟いたそのとき、控室の扉がノックされた。

 入ってきたのは、黒装束の情報員――シャドウウィーバの一人だった。


「殿下……いえ、陛下。これをお届けに参りました。このような時ですが、だからこそと思い……」


 差し出されたのは、古びた革の手帳だった。

 表紙には、見慣れた金文字がかすれて残っていた。


《Violetta》


 セシリアは一瞬、息を呑む。


「……どこで」


「南部の廃棄研究所の床下から発見されました。日記のようです」


 受け取ったセシリアの指が、かすかに震えた。

 ページを開くと、そこにはあのヴィオレッタの、あまりにも生々しい狂気と哀しみが刻まれていた。


 最初の数ページは、理路整然としていた。


《ユリウス。あの男は興味深い。セシリアちゃんの傍にいるのが惜しいほどの素質。私が導けば、より高みへと至るだろう》


《セシリアちゃんは彼を支えるには未熟すぎる。あの女ではなく、この私がふさわしい》


 そこまでは、冷静な分析のように見えた。だが、ページをめくるごとに、筆跡は荒れ、文体も乱れ始める。


《ユリウス、私を見て。セシリアではない、私を》


《おかしい。なぜ彼は気づかないの? こんなにも私が愛しているのに》


《セシリアが邪魔。あの女がいなければ、ユリウスは私のものに――》


 ページの端が破り取られた痕があり、インクのにじみは涙か、血か、判断できない。

 セシリアは、震える指でページを繰る。


《ユリウス。今夜は一緒にお茶を飲みました。微笑んでくれました。やっと私に心を開いたのね》


 セシリアの額に冷や汗が滲む。ユリウスとヴィオレッタが「お茶を飲んだ」ことなど一度もない。記憶を捏造し、願望を事実として記録しているのだ。


《ユリウスは私のことを“ママ”と呼びました。可愛らしい声で――》


 そこから、明らかに記憶の混濁と妄想が混ざり合っていた。


《恋人として、夫として、私だけのユリウスに……そう、セシリアはただの通過点》


《私がユリウスを解放してあげる。あの女の束縛から。彼を本当に幸せにできるのは私》


 セシリアは息を呑む。まるで自分が「ユリウスを拘束していた悪女」として描かれている。

 最後のページにはこうあった。


《私たちはもうすぐ一つになる。だって、私はユリウスの運命の人。セシリアには理解できない。あの子は知らない――私たちだけの、特別な絆を》


 セシリアはそっと日記を閉じた。

 唇を噛みしめ、肩を震わせる。


「……気づくべきだったのよ、もっと早く」


 彼女は誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた。


「あのとき、拒絶すれば良かった。あのとき、手を差し伸べていれば……どちらか一つでも、正しくできていれば、ヴィオレッタは……」


 けれど、どれだけ悔やんでも、もう遅い。

 狂気に堕ちた姉は、もういない。


 戴冠の衣を身にまとったセシリアは、ゆっくりと顔を上げた。

 涙の跡を拭い、静かに灯る瞳で呟く。


「あなたの妄執に、ユリウスも私も屈しなかった。ならば、それが答えよ。さようなら、ヴィオレッタ」


 そして、セシリアは女皇としての最初の一歩を踏み出すため、玉座の間へと向かった。


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