第207話 アーデルハイトとの決着
ユリウスは先頭に立ち、アルを従え、パワードスーツ部隊を率いて突撃した。
彼の乗る最新型のパワードスーツ《アテナ改》は、小型魔素縮退炉によって駆動され、その推進力はかつての騎士団すら霞む。アルもまた、ARTEMIS09としての機能を最大限に発揮し、ユリウスのすぐ隣を守るように走る。
重装歩兵のような部隊が一糸乱れぬ動きで進軍し、地を揺らす轟音とともに、鉄と魔素の軍勢が戦場に襲いかかった。
敵陣は混乱していた。
すでにアーデルハイト侯爵の軍は、亜人奴隷たちの反乱を鎮圧するためにスキルを使い果たし、魔導錬金術兵器も多くが暴発や誤作動で戦列を離れていた。
前線にいた貴族将兵たちは、剣や火球の魔法を繰り出しつつも、ユリウス軍の精密かつ連携した火力の前には風前の灯だった。
「スキルに頼った貴様らの時代は終わった」
ユリウスは通信機越しに叫ぶ。
「今ここにあるのは、血と汗と知恵で作られた《力》だ。未来はこの手で切り拓く」
轟音とともに一斉に放たれる遠隔支援の爆裂魔導弾。戦車のような改良型パワードスーツの火砲が、敵陣を打ち砕く。
貴族たちが誇る〈特権のスキル〉であっても、それに拮抗するだけの魔導兵装をユリウスはすでに開発していた。
アーデルハイト侯爵は遠くから進軍するユリウスの姿を双眼鏡で見据え、唇を噛む。
その隣で同じく双眼鏡を手にしていた副官が口を開く。
「たかが平民が……このような軍を……」
侯爵はその言葉を否定した。
「いや、違う。奴は……時代そのものだ」
背後では部下たちが撤退を促す。しかしアーデルハイトはゆっくりと首を振った。
「私がここで退けば、私の“価値”が終わる」
「ならば抗おう、この時代に――魔導貴族の意地を見せるのだ!」
老将の目には、敗北を悟りながらもなお、抗う者の決意が宿っていた。
その頃、ユリウスの軍勢はすでにアーデルハイト軍の第二防衛線に迫っていた。
戦場に立ち尽くすアーデルハイト侯爵の背に、風が吹いた。軍勢は壊滅し、亜人の反乱によって前線は混乱を極めている。
だが、彼はまだ希望を捨てていなかった。すべてはユリウスを倒せば逆転できる――そう信じていた。
「通称《黒の導師》。かつて帝都でも畏れられたその力、今こそ見せてやろう……!」
アーデルハイト侯爵がスキル〈災厄収束〉を発動する。黒く渦巻く魔素が空間に収束し、地響きと共にその一点に力が凝縮されていく。天すら染める黒の奔流。それは城壁をも一撃で吹き飛ばすほどの、災厄の弾丸だった。
「終わりだァァァァァァッ!!」
侯爵が絶叫と共に放った魔素の砲弾が、光の軌跡を残してユリウスへと放たれる。その威力は圧倒的で、空間すら歪ませながら迫る。だが、そのときだった。
ユリウスのパワードスーツ《アテナ》が、右手の盾を放り投げた。飛翔するのは、旧律派ベルンハルトが所持していたアンチ魔素アーティファクトを組み込んだ装備――“アイギス”。
空中で二つの力がぶつかり合う。次の瞬間、轟音もなく、黒の弾丸は霧散した。
「なっ……何が起きた!?」
信じられないという表情で侯爵が叫ぶ。彼の確信を打ち砕いたのは、静かに歩を進めるユリウスだった。
「君のその力は、確かに強大だった。だが……」
ユリウスはアテナの槍を構える。
「これはセシリアたち技術開発部門が設計し、ミリたちが実際に組み込んでくれた、アンチ魔素フィールドのアーティファクトを応用した装備だ。もう、魔素に頼った時代は終わる。僕たちが築くのは、すべての種族が平等に力を持てる世界だ」
その言葉に、侯爵の瞳が揺れる。
「馬鹿な……貴様らのような成り上がりに、貴族の矜持が……っ!」
反論する間もなく、アテナの槍が一直線に侯爵の胸を貫いた。血飛沫と共に、彼の身体が宙を舞い、地面に崩れ落ちる。
貴族の矜持――それにすがった男の時代は、音を立てて崩れ去った。
戦場に、ようやく静寂が戻っていた。
火薬と焦げた金属の匂いが残る戦地の只中、ユリウスは無言で歩いていた。返り血を浴びた〈アテナ〉の装甲が、鈍く赤黒く染まっている。
その隣を歩くアルも、真紅の返り血にまみれていた。少女の姿をした彼女は無傷で、無表情のまま、大剣を背に携えている。
「お兄ちゃん」
ふと、アルが立ち止まり、振り返る。
「敵は、全部倒したよ。……妹の役目だから」
それは、無垢でありながら、残酷な言葉だった。
ユリウスはその場で足を止め、目を見開いた。
アルの瞳は、なにひとつ濁っていない。むしろ、誇らしげですらある。
だが、それは人間の感情ではなかった。命の重さを知らないまま、人を殺し続ける「兵器」の目だった。
「……そうか。ありがとう、アル。助かったよ」
ユリウスはそう言いながら、目を伏せた。
自分は、何をしていたのだろう。
アルは「人間になりたい」と言っていた。笑ったり、泣いたり、お兄ちゃんが好きだと言ったり……たしかに彼女は、感情を身につけてきた。
けれど、「命を奪う」という行為を通して、間違った“人間らしさ”を覚えさせてしまったのではないか。
その責任は、自分にある。
——今まで、何人を殺してきただろうか。
敵だからと、自分を正当化して、戦場に立ち、命令を下し、多くの命を奪わせた。
ユリウスは拳を握りしめた。
「アル」
「なあに? お兄ちゃん」
「……これからは、お前に“人間”としての心を教えていく。怒ることも、泣くことも、悩むことも、誰かを守るために剣を抜くことも」
アルはきょとんとした。
「でも、わたしはお兄ちゃんのために敵を倒すのが……」
「違う」
ユリウスは、強い声で遮った。
「それは、ただ命令に従ってるだけだ。そんなのは、兵器だ。お前は、もう……俺の大切な家族なんだ」
目を見つめ、ゆっくりと手を握る。
「だから、俺は……お前を“人間”にしてみせる。それが、俺の——贖罪だ」
アルはぽかんとしたまま、それでも手を握り返した。
ぎゅっと、小さな手に力がこもる。
「わたし、人間になれるの?」
「ああ。なれるさ」
「……じゃあ、まず“人間”として、お兄ちゃんのお世話してもいい?」
「……ああ、お願いしようか」
二人の影が、傾いた陽に伸びていた。
その先に、まだ見ぬ未来が広がっていた。




