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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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205/213

第205話 待ち受けるアーデルハイト

 濃霧が立ち込める東部平原の最奥、アーデルハイト侯爵は築きつつある防衛陣地を見下ろしていた。

 塹壕と柵、魔導障壁と見せかけた囮陣……その全てが、計算され尽くした布陣だった。


「ふふ、こちらのほうが待ち伏せ。攻める側は疲弊する……とくに、ヴァルトハイン殿のような情け深い御仁ならば、命を優先して無理な攻勢はしないはず。それを逆手にとってじわじわと削ってくれる」


 侯爵は優雅に手袋を外し、傍らの幕僚に視線を送った。


「亜人たちをどう使うかは考えどころだったが、逆に利用できるとなれば話は早い。爆弾を抱えて突撃させれば……あとは陣形を崩し、騎士部隊が突撃すれば勝機はある」


 幕僚のひとりが問うた。


「……犠牲が大きすぎるのでは?」


「犠牲? なにを言っている。奴らは我らに奉仕するための存在だ」


 言い切る侯爵に、幕僚は口を閉ざすしかなかった。

 もっとも、侯爵もヴィオレッタが亜人を使いつぶすのを見て、手を切る決断をしていただけに、内心では苦笑していた。

 やがて、他の貴族たちが次々と侯爵の作戦会議に加わってきた。いずれも古くからの名門、同じ価値観を持つ者たちだ。


「見事な策ですな、侯爵殿。亜人も平等に扱うという叛徒ヴァルトハインは、奴らを攻撃するのを躊躇うでしょう。しかし、それが命取りに。敵陣に到達した亜人どもが次々と爆発することになるとは思いますまい。さすがは帝国随一の策略の才もお持ちで」


「まさに亜人どもを使い潰すにふさわしい方法。我が家にも数百の奴隷がいます。どうぞ前線でお使いください」


「人間以外が『戦力』になるのならば、それこそが奴らの生きる意味というものだ」


 嘲笑が交錯する中、アーデルハイト侯爵は杯を傾ける。


「我らが勝つ。歴史が証明してくれるさ。種族の平等などというまやかしが、どれほど愚かしい幻想かをな」


 一方、城の地下に設けられた収容所では、命令を受けた亜人たちが装備を渡されていた。とはいえ、武器ではない。

 爆薬と導火線の付いた小さな魔導装置。


「これを抱えて、敵陣の盾の列に突っ込め。敵を崩せば、そのあと楽に死ねる。家族のことはこちらで面倒を見てやるから心配するな」


 冷たく命令する兵士に、ドワーフの男が震える手で装置を握る。隣に並ぶ若い獣人の娘は、顔を青ざめさせたまま言葉を失っていた。


「なぜ……こんなことを……」


 誰に問うたでもない問いが空気に溶ける。


「わからん……前はただ鉱山で働いていればよかった……こんな戦場にまで駆り出されるなんて……」


 目を潤ませる老ドワーフに、隣の獣人少年がぽつりと呟く。


「……せめて、一矢報いてやりたい。俺たちを人とも思わない連中に……」


「だめだ……そんなことをしたら、また家族が……」


 反発と諦念が交錯するその場に、絶望の空気が満ちていた。

 そのとき、地上から太鼓の音が響いてきた。突撃訓練の始まりを告げる合図だ。


「……行くぞ。俺たちの命の重さを、やつらに思い知らせてやる」


 ひとりの獣人青年が立ち上がった。瞳に宿るのは、もはや恐怖ではなかった。

 しかし、全員が同じように割り切れるわけではない。

 怯え、震えながら歩き出す者。抵抗すれば鞭が飛ぶ。血が飛び、またひとり、黙って装置を抱える。

 そして、太陽が昇る頃。アーデルハイト侯爵は高台から笑っていた。


「さあ、ヴァルトハイン殿。貴殿の甘さを、試させてもらおう――」


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