第203話 東進
ユリウスの軍は、正面から戦旗を掲げて進軍していた。煌びやかなパワードスーツ部隊と機械仕掛けの魔導兵器が、整然と東部諸侯の領地に押し寄せてゆく。
一方、影では、シャドウウィーバと特務部隊が同時に動いていた。
◆ 降伏した貴族の視点:グランヴァルト伯爵邸
「……抵抗など、愚かだ」
グランヴァルト伯は、老眼鏡越しに差し出された書簡を見つめる。そこには、帝国皇帝の印が添えられた、ユリウスとセシリアの婚姻と帝位継承の宣言。
「正統性は……もはやあちらにある。わしの娘が通う学校では、すでにハーフエルフの教師が教壇に立っているというではないか。時代は変わった」
迷いはなかった。長く続いた家の存続のため、グランヴァルト伯はユリウスへの忠誠を宣言した。
その夜、庭園の木陰で、小さな囁きが交わされた。
「グランヴァルト家、制圧完了。目標、敵対意志なし。次の標的へ移動する」
影は、音もなく夜に溶けた。
◆ 反発する貴族の視点:ローエンシュタイン侯爵領
「馬鹿な……!」
ローエンシュタイン侯は、怒声をあげて机を叩いた。臣下たちが怯えた顔で報告を重ねる。
「グランヴァルト家、アーデン家、リューゲン家……立て続けにユリウス側に下った模様です」
「クソッ、裏切り者どもが……!」
侯爵は机の上に乱雑に置かれた地図を睨みつけた。赤い印が次々と塗られ、ユリウス勢の制圧地域が広がっていく。だが、まだ砦は健在。信頼できる傭兵も確保済みだった。
そして何より、時間を稼げばアーデルハイト侯爵が援軍に来てくれるという信頼があった。
「構わん。奴らは表面を制したに過ぎん。我らはアーデルハイト侯に忠を誓ったはずだ」
「ですが、閣下……」
そのときだった。部屋の灯りが一瞬、ふっと揺れた。次の瞬間、窓の外で閃光とともに爆音が轟いた。
「……なにっ!?」
屋敷の外に出ると、見慣れぬ兵器が夜空を照らしながら突入していた。特務部隊だ。
さらに混乱の最中、背後で声が響いた。
「シャドウウィーバ部隊より報告。敵将、拘束完了。残存勢力の掃討に移ります」
味方だと思っていた兵士の一人が仮面を外す。そこには、全く見覚えのない若い女の顔。
「――お前は誰だっ……」
「あなたの敵です」
その短い返答の後、侯爵の意識は闇に落ちた。
◆ 砦にて:ユリウスの作戦室
「……次はローエンシュタイン侯爵の砦を制圧完了です」
アーベントの報告に、ユリウスは静かに頷いた。
「抵抗する者には、早期に手を打つ。犠牲は最小限に。無意味な戦争は避けたい」
この言葉通り、ユリウスはシャドウウィーバを中心に再編した特殊部隊を使い、正面からの戦いを極力控えて進軍していた。
そのため、軍の損耗は殆ど無い状態である。
セシリアが頷き、地図を指差す。
「ここが残りの拠点。ですが、そろそろアーデルハイト侯爵も動き出すでしょう」
「そうだな……全土制圧は目前だが、ここからが本番だ」
ユリウスの目は、すでにその先――アーデルハイト侯爵領の戦雲を見据えていた。




