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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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202/213

第202話 ユリウスの演説

 ヴァルトハイン城の中庭に設けられた演壇に、ユリウスはゆっくりと歩み出た。正面には、自らの旗のもとに集った兵士たち、そして民衆――ヒューマン、ドワーフ、エルフ、獣人、ありとあらゆる種族が混じり合って、広場を埋め尽くしていた。


「……我らは今、帝国の瓦礫の上に立っています」


 ユリウスの第一声に、全ての耳が集中した。


「かつて、この地を支配していた帝国は、皇帝という名のもとに力を奪い、差別し、支配してきた。しかし、もはやその帝国は空洞だ。今の皇帝陛下は、名ばかりの存在として幽閉されている。ならば、誰がこの国の未来を切り開くのか――」


 彼は拳を強く握りしめた。


「――我々だ」


 空気が震えた。


「今、我らは正統性を得た。皇女セシリアが我が妻となり、血と名を継ぎ、皇帝陛下を救出し、その名に真の意味を与える。もはや我らの行いは反乱ではない。正しき奪還であり、正義の戦いだ!」


 周囲にざわめきが起こり、すぐに歓声へと変わった。


「我が志は、ただ一つ!」


 ユリウスの声が城壁にこだまする。


「――すべての種族が、笑って生きられる国を作る!」


 その言葉に、彼を信じてここまで来た者たちの胸が熱くなった。


「ドワーフだから、エルフだから、魔族だからと蔑まれる時代は終わりだ! 努力した者が報われ、誰もが家族を持ち、子を育て、明日を信じられる――そんな国を、我々の手で創る!」


──演説を聴いた民たちの反応は、それぞれに違っていた。


ドワーフの青年、ハロルドは、かつて帝国で奴隷として酷使された記憶を思い出していた。だが今、彼はヴァルトハインの機械工房で誇りを持って働いている。


「……あの人なら、本当に変えてくれるかもしれねぇ」


 彼はふと、肩の油を拭いながら、小さく呟いた。

 獣人の少女・フィーリは、演説中にそっと手を握られていた。

 隣にいたのはヒューマンの青年。彼女の恋人だった。


「私たちの未来が、ここから始まるんだね」


 フィーリは頷いた。彼女の種族が“下等”と蔑まれた時代が、終わりを告げようとしている。ユリウスの言葉が、確かにそれを証明していた。

 老エルフの学者・カインは、遠巻きに見ながら、静かに目を細めていた。


「長命の我らにとって、時の流れは一瞬にあらず。だが――」


 彼は胸に手を当てた。


「ようやく、風が変わったようだな」


 かつて、差別され、閉じこもっていた森の民にとって、それは希望の風だった。

 魔族の少年ルアは、まだ幼くて言葉の重みがわからなかったが、隣にいた母が涙を流していた。


「……もう、隠れなくていいのね……」


 ユリウスの統治下で、魔族とヒューマンの間に築かれた橋は、確かに心を繋いでいた。

 やがてユリウスは言葉を締めくくった。


「誰もが笑える未来を、その手で掴め!」


 彼の声に、全員が拳を掲げた。

 差別も、苦しみも、失ったものもある。

 それでも、希望がある限り。

 この時、戦の火蓋は切られたのではなく――

 新たな時代の幕が、確かに、上がったのだった。


 民衆の歓声が、嵐のように中庭を包み込んでいた。

 掲げられた拳の波を前に、ユリウスはただ真っ直ぐに立っていた。

 だが胸の奥では、別の重みが圧し掛かっていた。


「本当に……彼らを笑わせられるのか」


 言葉を吐き出した瞬間に背負ったのは、あまりに大きな約束だった。

 セシリアと結婚し、正統性を得て、皇帝を救う。

 それは確かに政治的な大義名分だ。しかし、その裏には必ず血が流れる。


 ユリウスは群衆を見渡す。

 ドワーフの青年が笑っている。獣人の少女が恋人と手を握り合っている。老エルフが静かに頷き、魔族の母が涙を流している。

 その一つひとつが、自分の誓いの重さを突きつけてくる。


「もし約束を果たせなければ……僕はまた、誰かの未来を奪うことになる」


 背筋に冷たいものが走った。

 しかし、同時に決意が燃え上がる。

 これは贖罪の道でもある。

 リィナの犠牲も、仲間の流した血も、無駄にはしない。


――敵を倒すためではなく、笑い合える世界を築くために。


 ユリウスは深く息を吸い込んだ。

 歓声はまだ鳴り止まない。

 その響きは重圧であり、同時に彼の心を奮い立たせる炎でもあった。


「必ず……果たす」


 誰に聞かせるでもなく、唇が小さく動いた。

 そしてその時、ユリウスは悟っていた。

 今日という日は、新たな戦いの始まりであると同時に――

 自分自身との戦いの幕開けでもあるのだと。


 歓声がようやく落ち着き、ユリウスが演壇の裏に引き上げると、セシリアが駆け寄ってきた。

 その顔には涙がにじんでいた。


「……立派だったわ、ユリウス。でも、全部一人で背負おうとしないで」


 銀の瞳がまっすぐ彼を見つめる。

 ユリウスは言葉を失った。彼女には、胸の奥に隠した迷いが見透かされている気がしたからだ。


 続いてドワーフの女王として着飾ったミリが、手を腰に当てて言った。


「兄貴、顔に出すなって言っても無理だな。……でもよ、あたしたちも一緒に戦ってきただろ? 全部お前一人の勝ちじゃねぇんだ。忘れんなよ」


 その言葉はぶっきらぼうだったが、温かさがあった。


 そして、アルが小首をかしげながら口を開いた。


「お兄ちゃん。わたしは敵を倒すことしかできない。でも、それを見て苦しむお兄ちゃんを守ることは……できるよね?」


 その無垢な言葉に、ユリウスの胸が詰まった。

 アルに人間らしさを教えると誓ったはずの自分が、逆に救われている。


 ユリウスは静かに目を閉じ、深く息を吐いた。

 仲間の言葉が心の奥で重なり合い、重圧を和らげていく。


「……ありがとう。僕は一人じゃない」


 そう呟いた時、ようやく彼の肩から、ほんの少しだけ重荷が下りた気がした。


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