第195話 ミリの不覚
病室の静寂を破るように、アルがぽつりと呟いた。
「……今回は、役に立てなかった……」
いつも明るく、前向きなアルの声がかすかに沈んでいた。
ユリウスがヴィオレッタに連れていかれるのを止められず、ミリの解毒もセシリアが行った。
アルはベッドの脇にちょこんと座り、ユリウスの顔を見つめる瞳は曇っている。
「そんなことないよ、アル」
ユリウスは優しく笑った。まだ完全には回復していない体で、手を伸ばしてアルの頭を撫でる。
「お前が無事でいてくれて、それだけで僕は助けられてるよ」
その言葉に、アルの顔がぱあっと明るくなった。
「ほんと!? じゃあ、これからいっぱいお兄ちゃんのお世話する! 看病、頑張るね!」
ぐいっと身を乗り出し、距離がぐっと近くなる。
「ま、待てアル! 近い、近い!」
「だってお兄ちゃんの匂い嗅ぎたかったんだもん!」
くんくんと首元に顔を埋めるアル。その様子に、ベッドの隣でまだ横になっていたミリが眉をひそめた。
「ちょっと待てやコラ。あたしの看病はどうなってんだよ……!っていうか、婚約者の隣ですることじゃねーだろ!」
ミリはムッとした表情で言ったが、まだ全身に力が入らないのか、呻きながら上体を起こそうとしてすぐに諦める。
「う……まだ動けねぇ……くそっ……!」
その様子を見て、アルが勝ち誇ったようにニヤリと笑った。
「ふふーん、動けないならしかたないよね~? じゃあ、あたしが独占~!」
そう言うが早いか、アルはユリウスの服に手をかけ始めた。
「さーて、お兄ちゃんの体をふいてあげよ~っと!」
「お、おい! それはちょっと!」
ユリウスが慌てて抵抗するが、動きが鈍い。あっという間に上着のボタンが一つ外される。
「ちょ、ちょ、ちょっと!? そ、それは妹のすることじゃありませんっ!!」
セシリアの声が裏返った。顔は真っ赤になり、口をパクパクと動かして言葉が出てこない。
「ばっ……かっ! 服を脱がすとか……あたしがやるに決まってんだろ!!兄貴の世話は誰にも譲らねえ」
ミリは身を起こそうとして、結局またベッドに沈んだ。
「む、ミリさんはまだ起きちゃダメです。お兄ちゃんの衛生管理は妹が責任もってします!」
にこにこと笑いながら、アルはタオルと水を手に取った。
「お兄ちゃん、覚悟です!」
「いや、待って!? 心の準備が――」
その後、結局セシリアが気絶しかけ、ミリが枕を投げ、アルが無邪気に笑う中、ユリウスの病室はどこか賑やかで、温かい空気に包まれていた。
そして、騒がしいながらも、戦いの終わりを告げるような、穏やかな日常がそこにあった。




