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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第193話 墓

 月明かりが、ヴァルトハイン城の中庭を照らしていた。

 その中心、揺らめく月光のなかに、ふらつく足取りで立つユリウスの姿があった。

 朦朧とする意識。霞む視界。耳鳴りの向こうで、誰かが叫んでいる。セシリアか、アルか。それとも――ミリか。だがその声すら、遠く、歪んで聞こえた。

 彼の隣には、ヴィオレッタがいる。毒で倒れたミリを人質にし、勝ち誇ったような瞳でこちらを見ていたのが先ほどまでの記憶。

 世界が揺らぐ。意識が暗闇に落ちていく。


 ユリウスを引きずるヴィオレッタの足取りは、狂気に踊る踊り子のように軽やかだった。

 朦朧とした意識の中、ユリウスはかすかに耳に届く彼女の声を聞く。


「やっと……やっと、手に入れたわ、ユリウス」


 その声は甘く、子守唄のように柔らかい。だがその奥には、冷たい刃のような狂気が潜んでいた。


「セシリア、あの女……私を見下していた。皇女の中で一番、頭が良いと讃えられ、真面目で、気高くて……でも、私は知ってる。あの子、本当はあなたに依存していた。あなたの優しさにすがって、哀れな子犬みたいに……」


 喜びを噛みしめるように言葉が続く。


「そんな彼女から……あなたを奪ったの。わかる? 私が、あのセシリアから、大切なものを、心ごと全部、奪ったのよ……!」


 ヴィオレッタは振り返り、誰もいない闇夜にむかって狂ったように笑った。


「これ以上に甘美な勝利があるかしら? 愛も、絆も、思い出も――全部私のもの。あなたが彼女の名前を呼ぶたびに、あなたの心の中に彼女がいるたびに……私はそれを塗り潰して、壊して、私の色に染めていくのよ」


 ユリウスの手を握り直すその指は、まるで壊れた人形のように震えていた。


「ねえ、私だけを見て……他の誰もいらないでしょう? リィナも、ミリも、アルも、セシリアも。みんな、いなくなればいい。あなたさえ、私だけのものになれば……それでいいのよ……」


 苦しげに咳き込みながらも、ユリウスの口元に微かな抵抗の色が浮かぶ。

 だが、ヴィオレッタは気づかないふりをした。いや、気づかぬふりをせずにはいられなかった。


「……これでようやく、私の夢が叶うの。あなたを、ママだと思い込ませようとしたあの頃の、未完成の愛なんかじゃない……今度は、恋人として。私の隣に、永遠にいてもらうのよ……ユリウス」


 彼女の目には涙が浮かび、まるで祈るように呟いた。


「ねえ、お願い……どうか、私のものになって……」


 その声は、愛を囁くようでありながら、世界を壊そうとする呪詛にも似ていた。


 ――このままでは、すべてを失う。


 ユリウスは足元がおぼつかない。視界が揺れ、世界がかすむ。

 庭の石畳を歩かされるユリウスの身体は、もはや自分のものではないようだった。ヴィオレッタの手が腕を引き、冷たい声が耳元で囁く。


「さあ……わたくしのものになりましょう、ユリウス。あの女から、すべて奪ってあげますわ」


 その声が、セシリアの面影を踏みにじるようで、胸を締め付けた。

 だが、意識がどんどん薄れていく。手足は痺れ、まともに立っていられない。


 ──もう……無理だ。


 そう思いかけたとき、風に揺れる木々の向こうに、三つの墓標が見えた。

 リィナ。エリザベート。ライナルト。

 かつて共に過ごし、戦い、そして散っていった者たち。

 胸に、焼け付くような想いが込み上げた。


(……そうだ。こいつは、あの三人の……仇だ)


 心の奥に燻っていた復讐の炎が、再び燃え上がる。


 ──まだ、終わってない。こんなところで……終われるものか。


 歯を食いしばり、ユリウスは足を踏み出した。

 意識の奥底から、ある記憶が蘇る。前世で見た、鋳造の町工場。火花と油の匂い、溶解炉の熱、金属を打つ音。あの景色。


「〈工場〉……!」


 ユリウスのスキルが発動した。


 瞬間、庭の空間がゆがみ、そこに現れたのは古びた町工場。鉄骨が軋み、溶解炉の熱気が一気に吹き出す。


「なっ……!? なにこれ!? どこよここはッ!?」


 ヴィオレッタが恐怖に満ちた声を上げる。だが、ユリウスは彼女の腕を掴んでいた。


「……リィナ、エリザベート、ライナルト。力を……貸してくれ」


 そう呟いた瞬間だった。

 ユリウスの身体に、不思議な力が満ちた。痺れていた手足が、わずかに動いた。


「やめて……離して! あなたは、私のものなのよ!」


 ヴィオレッタが必死に抵抗する。だがユリウスは、絞り出すような声で言い放った。


「違う……僕は、君の所有物なんかじゃない……」


 そして、振り絞る力でヴィオレッタの身体を回し──

 背後の溶解炉へと、渾身の力で突き飛ばした。


「うそ……いやあああああっ!」


 ヴィオレッタの絶叫が、異世界につくられた工場にこだました。

 赤黒い炎が彼女の身体を飲み込み、ひとつの狂気が、ついに幕を閉じた。

 ユリウスはその場に膝をつき、意識を手放す寸前、墓の方へと微かに視線を向けた。


「……みんな……やっと、仇を……」


 そして、そのまま意識は闇に沈んだ。


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