第19話 セシリアの秘めた願望
夕暮れの風が荒野をわたる。パン工場からの帰り道、ユリウスとミリとリィナの三人は並んで歩いていた。
その少し後ろを、セシリアは静かに歩いていた。焼きたてのパンの香りがまだ衣に残っている。砦の外れに生まれたばかりの小さな工房。けれど、あの光景を目にした今――セシリアの心には、確かな手応えがあった。
(グランツァールの威光は、まだ消えてなどいない)
誰にも明かしていない。けれど、彼女は皇族。かつて魔導と叡智をもって世界を導いたグランツァール皇家の血を引く者。その誇りも、志も、決して失われたわけではなかった。
だが――
(この力があれば……)
ユリウスのスキル。リィナの存在。ミリの鍛冶技術。今はまだ、荒野の片隅でパンを焼いているだけの工房。けれど、この火はやがて世界を照らす灯となる。
「……ふふっ」
誰にも聞こえぬように、セシリアは微笑む。
(グランツァールの名を、もう一度高らかに掲げる日が来る。そのために、私は――)
「セシリア、遅れてるぞー!」と前方からミリの声が飛ぶ。
「え? あ……ごめんなさい、今行くわ!」
セシリアは慌てたように小走りで追いつきながら、ローブの下でそっと拳を握った。
(この場所から始めるのよ。かつての威光を超える、新しい未来を)




