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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第187話 決別

 その後もヴィオレッタの待遇が改善されることは無かった。


「……ああ、なるほど」


 ヴィオレッタは独り言のように呟いた。声には感情がこもっていない。けれどその瞳だけが、得体の知れない熱を孕んでいた。

 贄の数を制限するよう言ってきた侯爵の使者。目を盗んで動く技術者たち。供給されなくなった部材。精製炉のメンテナンス報告の遅延。いくつものピースが、音を立ててはまっていく。


「私を……排除しようとしてるのね」


 指がわずかに震えていた。いや、それは怒りではない。興奮だった。


「でも、どうしてみんな……わかってくれないのかしら?」


自分がやっていることの意味を、規模を、影響を。


「私は――“正しさ”を求めてるのよ?」


 ゆっくりと立ち上がったヴィオレッタの影が、巨大な魔素精製炉に伸びた。亜人奴隷たちの呻きが、遠くからかすかに聞こえる。


「正義には代償が必要だわ。誰かが痛みを背負わなきゃ、何も得られない。理解しているはずよ、あの侯爵も。だって、あなたもこの力が欲しかったのでしょう?」


 ヴィオレッタは小さく笑った。


「でも……だめよ。あなたじゃ使いこなせない。だって、あなたは、私ほど――狂ってないもの」


 彼女の手が、炉の操作盤へと伸びる。警告音が鳴り、技術者たちが顔を青ざめさせる。


「殿下、そ、それ以上は――!」


「下がって」


 その一言には、絶対の力があった。誰も彼女に逆らえなかった。


「私が正しいことを証明するわ。みんな間違っているの。私の中にしか答えはないのよ」


 精製炉が低く唸りを上げる。魔素濃度が上昇し、警告ランプが点滅する。


「……アーデルハイト侯爵。あなたが私を裏切るのなら」


 ヴィオレッタはゆっくりと振り返り、血のように赤い瞳で宙を見据えた。


「あなたから先に、いらない駒にしてあげる」


 そして――その日、ヴィオレッタの研究所にいた技術者たちの一部が、消息を絶った。

 その事実を知る者はまだ少なかったが、やがてそれは、アーデルハイト侯爵にとって取り返しのつかない判断だったと知られることになる。


――――


 ヴィオレッタがアーデルハイト侯爵のもとを去る少し前、その対応を協議する会議室にしんと静寂が降りた。

 アーデルハイト侯爵は背後の従者に小さく目配せをすると、足音もなく扉が閉められる。


「……狂気に、片足を突っ込んでいるな」


 侯爵はそう呟いて、グラスの中の赤い葡萄酒を静かに傾けた。

 暗紅の液体がわずかに揺れ、彼の瞳に映るヴィオレッタの姿を歪める。


「最初から危うさは感じていたが、あれほどとはな」


 傍らに控えていた家臣が口を開いた。


「魔素精製炉の使用計画、先ほど報告が入りました。奴隷の投入は報告以上です。すでに……数十名が死亡」


 侯爵は一切表情を変えず、ただ低く問うた。


「精製効率は?」


「……想定の三割。魔素密度は上がっていますが、不安定で暴走の恐れも……」


「その程度か」


 葡萄酒を一口含んだ侯爵の目が細められる。


「無駄死にだな。今のままでは、兵器として完成する前に、我らが彼女に巻き込まれて全滅しかねん」


「では……ご決断を?」


「まだだ。完全に泳がせているわけではない。だが、あの女が"我々を必要としなくなった時"が、引き際の合図だ」


 侯爵は机の上に置かれた紙片に目を落とす。

 そこには、ヴィオレッタが秘匿していた実験記録の断片――“次は精製炉に生きた魔導士を用いる”という走り書きが記されていた。


「……これは、狂気の果てに見た神ではなく、破滅の兆しだ」


「では、備えを?」


「当然だ。だが、ただ潰すのでは意味がない」


 侯爵は椅子にもたれ、静かに目を閉じた。


「奴の技術、精製炉の知見、それに……あのARTEMIS計画の残滓。すべて掌握した上で処理する。それが我ら貴族の仕事だ」


 再び目を開いたとき、その眼差しはすでに冷酷な支配者のものだった。


「奴を討つのではない。利用し尽くし、そして捨てる。――この地に必要なのは、誇り高き帝国ではなく、制御された秩序なのだから」



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