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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第184話 ヴィオレッタの実験

 赤黒く染まった魔導炉の部屋には、金属が焼け焦げるような臭いが立ちこめていた。硝子越しに覗く実験炉の中では、淡く赤い魔素の光が、何かの鼓動のように脈動している。


「これが……まだ未完成な精製炉、ですか……?」


 震えた声で問うのは、実験補佐の若い研究員だった。

 ヴィオレッタは無言のまま炉に歩み寄ると、長い指で装置の表面を撫でた。そこには何十もの魔導回路が、まるで血管のように走っている。


「……ねえ、あなた。知ってる?」


 唐突にヴィオレッタが振り返る。その瞳は、暗い魔素の光に照らされ、妖しく光っていた。


「かつて、アルケストラ帝国の科学者たちは、生き物の体内で精製される“魔素”に着目したの。呼吸や鼓動、感情の波、それらが微細な魔素を生み出しているとね」


「ま、まさか……」


「ええ。最初期の精製炉は、生きた命を繋ぎ、その命を燃やすことで魔素を得ようとした。いわば――“贄”を喰らう炉だったのよ」


 研究員は唾を飲み込む。


「そ、それは……非人道的すぎます!」


「非人道的? ふふ、あなた、滑稽ね。魔導錬金術なんて、最初から“人道”の外にあるのよ」


 彼女の笑みは、どこか子どもじみた無邪気さを帯びていたが、それがかえって恐怖を増幅させた。


「ここでやるのは、さすがに危険です。都市にも近い……炉が暴走すれば……」


 別の部下が恐る恐る意見を挟む。ヴィオレッタはしばらく黙っていたが、やがて笑顔を浮かべて頷いた。


「そうね……ここじゃ、誰かに見られるかもしれないし」


 彼女の視線が、すでに次の段階を見据えているのを誰もが感じ取った。


———


 数日後。南部、アーデルハイト侯爵の寄り子であるヴィルゲン男爵領の片隅にある、立ち入りを禁じられた荒地。

 かつて村があったが、戦火で焼かれたその土地に、再び建物が建てられていた。


――魔素精製炉のための、実験施設である。


 その中心には、あの赤黒い精製炉が据えられていた。そして、その炉から伸びた数本のケーブルは、冷たく地面を這いながら、一人の亜人の身体に巻きついていた。

 亜人の少年だった。手枷、首枷を嵌められ、無言のまま膝をついている。背後には、十人近い亜人の男女が並んでいた。すべて奴隷である。


「見ていて。これが、あなたたちの役目よ」


 ヴィオレッタは美しい声で囁いた。まるで姉が弟に絵本を読んで聞かせるような優しさで。


「あなたたちが生きるだけで、素晴らしい成果が得られるの。すごいでしょう?」


 それを聞いた技師たちは、言葉を失ったまま動けずにいた。中には目を逸らし、唇を噛む者もいる。


——誰もが理解していた。この女はもう、人ではない。


 だが、恐怖もまたまた彼女の味方だった。誰も止めることはできなかった。

 炉が低く、重い唸りをあげて点灯する。

 ケーブルに繋がれた亜人の体が、びくりと震える。


 その瞬間、また一歩、文明は堕ちた。


「では、始めましょう」


 ヴィオレッタがそう言った瞬間、沈黙が張りつめた。

 冷たい鉄枷に繋がれた亜人たちが、恐怖に顔をゆがめる。中には泣き叫ぶ者もいた。

 だが誰もその鎖を断ち切ることはできない。

 ここは貴族の領地。寄り子とはいえ、アーデルハイト侯爵の庇護を受けた土地だ。


「ヴィオレッタ様、本当にこの方法で……?」


 魔導技師の一人が震え声で問いかけた。だが、その答えを求めたのは恐怖からであり、希望ではなかった。


「セシリアちゃんが正しい知識を寄越してくれれば、こんな手荒な真似はしなくてよかったのに」


 ヴィオレッタはゆっくりと、魔素精製炉の操作盤に手をかけた。鉄製のレバーが重々しく倒れ、炉の心臓部が淡い紫の光を放ち始める。


「ねぇ、あなたたちは知ってる? アルケストラ帝国初期の魔素精製炉は、生物の魔素循環を参考にしていたの。つまり、魔素を生む臓器や血流の仕組みを――模倣したのよ」


 淡々と語る声の中に、常軌を逸した悦楽が混じっていた。


「でもね、模倣じゃ足りない。だから――本物を使ったの」


 彼女が指差したケーブルの先、そこには先頭の亜人奴隷の胸に埋め込まれた魔導管があった。脈動に合わせて、魔素が精製炉に吸い込まれていく。


「――や、やめてくれ! 俺たちは何もしていない……!」


「あなたたちは"何もしていない"から選ばれたのよ。無力な存在は、役に立つために、こうして生きるの」


 悲鳴と共に、最初の亜人の身体が痙攣し、魔素が炉の中心に濃縮されていく。計測針が上昇し、魔導炉は安定動作に入った。


「成功……! これよ……これこそが、古の技術。帝国はまだ生永らえていける!」


 ヴィオレッタは歓喜の声を上げ、血のように赤い光を放つ炉のコアを見つめた。その瞳の奥には、人道も理性もなかった。ただ、狂気と探求の炎だけが宿っていた。

 部下たちは顔をそらす。それでも逃げ出せなかった。彼女の背後にはアーデルハイト侯爵、そして帝都の影がある。この場を離れれば、自分たちが炉の供物となるだけだ。


そして何より――


 ヴィオレッタは、この成果をもって次なる兵器の開発に取り掛かるつもりだった。魔素の枯渇という問題は、もはや過去のものとなる。命を燃やせば、魔力は生まれる。

 それが、彼女の選んだ道。

 そして、地獄の扉が今――音を立てて開かれた。

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