第183話 壊れる
煌々と照らされた研究棟の地下室。かつて貴族の書庫であったはずの空間は、いまや魔導錬金術と工学を融合させた実験室と化していた。
その中央に立つ女性――いや、女帝のような威圧感を纏う女――ヴィオレッタは、ぐちゃぐちゃに書きなぐられた設計図と黒い魔導回路の板を見下ろしていた。
白衣は血と煤で汚れ、紫の瞳は狂気に近い興奮でぎらついている。
「魔素濃度が……足りないのよ」
苛立ちを押し殺し、彼女は魔素濃度計を睨みつける。試作したパワードスーツ用魔素バッテリーは、稼働時間十秒未満。魔素の密度が希薄すぎるのだ。
帝都ではこの程度。理想には程遠い。
「やはり……精製するしかない。帝国の魔導士たちが失敗した技術に、私が――」
ヴィオレッタは、封印されていた一枚の記録媒体を取り出した。アルケストラ帝国時代の禁断の設計――“魔素精製炉”。
かつて、無限の力を生じたと伝えられる炉。その起動に必要なのは、人の魔素と命。幾多の禁忌が記されたその文献を、彼女は面白げに指でなぞった。
「ふふ……ふふふふ。こんなものを隠していたなんて……ねえ、セシリアちゃん」
彼女の口元が歪む。
「どうして教えてくれなかったの? どうして、あなたはユリウス様にだけ……」
唇を噛み、次の瞬間、彼女は計器類を蹴り倒した。硝子が砕け、警報が鳴る。
「セシリアちゃんが……情報をくれないから、こんな遠回りをする羽目になるのよ。悪いのはあなた。すべて、あなたのせい」
責任の転嫁。それが分かっていながら、彼女は感情を止められなかった。セシリアの才能。セシリアの名声。セシリアが得た仲間と地位。
そして――ユリウス。
「私は……セシリアちゃんよりも優れている。あの女を超えてみせる。私の炉で、私の兵器で、私の世界を創るのよ」
ヴィオレッタは機械仕掛けの巨大な炉に手を置いた。高周波の音が響き、炉の奥が赤く光り始める。周囲の研究者たちは顔を青ざめさせる。
「殿下……このままでは、暴走が――!」
「黙りなさい。私の邪魔をするの? あなたたちも、セシリアちゃんの味方なの?」
ヴィオレッタの言葉に誰一人、口を開けなかった。命を惜しむがゆえに。
炉の圧力は限界を超え、壁が軋み始める。それでも彼女は止めない。
「もっと……もっと濃く……! 凝縮させて……この世界の真理に触れるのよ……!」
自らの身体が焼ける熱を感じながら、ヴィオレッタは口元を狂ったように吊り上げた。
「これが……私の革命。セシリアちゃんとは違う、私の勝利……!」
爆音が鳴り響き、研究棟の天井が震えた。
――そして、ヴィオレッタの中の「何か」が、決定的に壊れた。




