第182話 嘘発見
ラザルの死を知らせる報せが届いた数分後、ミリはその手紙を胸に抱えたまま、足早に執務室へと駆け込んだ。
「兄貴……ちょっと、時間をくれ」
ユリウスはその真剣な眼差しに頷き、執務机の前から立ち上がる。
すぐにアーベントとリルケットも招集され、書斎の隣室にある応接室に場所を移すと、ミリは静かに手紙を差し出した。
「ラザルが……あたしらを裏切ろうとしてた。でも、それには理由があったんだ」
ユリウスは黙って手紙に目を通し、静かに息を吐いた。
「……家族を人質に。ヴィオレッタの仕業だな」
「はい。東部との連携は間違いないでしょう」とアーベントが頷く。「移民や労働者に紛れ込んで、工場から技術を盗ませる――単純ですが、効果的です。特に、今回のようにドワーフという技術的知見を持つ種族が用いられる場合は」
「現状の防諜体制では対処しきれません」
とリルケットも続けた。
「すぐに見直す必要があります」
「すぐにとはいっても、仕組みを整えるには時間がかかる」
とユリウス。
「その間に、第二第三のラザルが来るだろう」
その言葉に、部屋の扉の外から元気な声が響いた。
「だったら、アルの出番だねっ!」
勢いよく入ってきたのは、ピンクの目をきらきらと輝かせたアル――ARTEMIS09。
ユリウスに駆け寄ると、まるで自分に任せてほしいと言わんばかりに胸を張った。
「アルには《観察・判別・記録》機能があるの! 嘘をついてるときの脈拍や表情、呼吸のリズムを測って、本当のことを言ってるか判断できるよ!」
アーベントが目を丸くした。
「そんな機能まであるのか……」
「はい、旧アルケストラ帝国では審問補助機としても運用されていたようです」
とセシリアが補足する。
「ただ、相手の精神状態に依存するため、絶対ではありませんが」
「それでも、無いよりはずっといい」
とユリウスは頷いた。
「お兄ちゃんのために、アル頑張るからね!」
とアルが力強く言うと、ユリウス苦笑して頭をなでた。
ミリが大きなため息をつく。
「まったく……ほんとに妹みたいなやつだよ」
「ふふ、アルは妹で、補佐官で、戦闘支援機で、そして――お兄ちゃんの味方だもん!」
その明るい声に、少しだけ部屋の重苦しい空気が和らいだ。
ユリウスはそんなアルに目を細めると、改めて三人に向き直る。
「リルケット、アーベント。短期間でいいから、防諜の仮システムを整えてくれ。対象者の面接にはアルを同席させる。スパイは、今度こそ逃がさない」
「了解です」
と二人が同時に答えた。
ヴァルトハインを守るための、新たな戦いが静かに始まっていた。
そして、新たな防諜システムの運用が開始される。
ユリウスもそれに立ち会っていた。
「お兄ちゃん、あの人……嘘、ついてるよ」
アルの澄んだ声が響いた。明るい茶髪に金の髪飾りを揺らす彼女は、軽く首を傾げながら、腕を組んでいた難民の青年を見つめていた。
「僕は家族を守るためにここに来たんだ……!」
「うん。でも、それは本当の動機じゃないよね?」
青年は目を見開き、膝から崩れ落ちた。隠していた理由が露見して、泣き始める。自分が帰らねば、家族が殺される、と。
しかし、だからといって彼を野放しには出来なかった。
ユリウスにやるせなさが残る。
その日以降、アルは数百人規模の難民審査に動員され、真贋の境界線を一人で見抜いていった。 彼女の“感知”能力は、表情や声音、魔素の揺らぎを察知して嘘を見抜く。セシリアはその観察記録とアルの脳波測定結果をもとに、魔導嘘発見機の開発に成功した。
「量産は難しいけど、主要な関所には配備できるわ」
とセシリアは宣言した。
「これで、“紛れ込ませる”は通じない」
以降、スパイは水際で止められ、疑わしき者はすべて隔離収容所へと送られた。
だが、ひとつの問題が残った。
「……送り返せば、殺される。収容し続けるしかないのか」
とアーベントは眉をひそめた。
働きもせず収容するというのは、財政に負担がかかる。
「彼らは“家族を人質に取られていた”という点では被害者でもあるわ」
とミリも肩を落とす。
“利用されるために生まれた者”たち。ヴァルトハインは彼らを無下に切り捨てることはしなかった。だが、管理下に置くという方針が貫かれた。
その陰で、既に潜入を果たしていたスパイたちが持ち帰った設計図の断片が、ひとつの影を動かしていた。
場所は東部――。
薄暗い工房に、魔素の灯りが淡く揺れる。その中央には、巨大なパワードスーツが立っていた。ヴァルトハイン製のオリオンに似たフレーム。装甲はやや薄く、駆動音は若干荒い。しかし、確かにそれは“動いた”。
紫のローブを揺らして、女が笑う。
「ふふっ、ついに完成したわ。セシリアちゃんが何年かけても作れなかったものを……私、半年でやってのけたのよ」
ヴィオレッタ――狂気の才女にして、皇帝の血を引く者。
彼女はパワードスーツの胸に手を添え、その心臓部に魔導錬金術で刻んだ独自の回路を撫でた。
「私の方が、セシリアちゃんより――天才なのよ」
まるで世界に対する勝利を高らかに宣言するように、彼女の哄笑が東の空に響いた。
そしてその手には、ヴァルトハインの兵器の設計図の写しがあった――。




