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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第180話 戻ってきた日常

 ユリウスたちは工場視察を終えて、応接間に戻っていた。

 まだ銃の試作段階とはいえ、手ごたえのある成果に皆の表情は明るかった。


「ふう……やっぱり、ちょっとバネが強すぎるかな」


 ユリウスが苦笑しながら、右手を見下ろす。小さな絆創膏が指先に貼られていた。


「兄貴、何言ってんだよ」


 ミリが椅子に腰を落としながら腕を組んで言い返す。


「弾倉のバネが甘かったら、最後の一発を押し上げられねえんだ。無駄弾が出る方が戦場じゃ命取りだぜ」


「……まあ、そうなんだけどさ」


 ユリウスが軽くため息をついた瞬間、隣に座っていたアルがぴょこんと立ち上がった。


「では、また怪我をしたら、わたしがなめて直してあげますねっ」


「えっ、ちょっ……」


 ユリウスの抗議も聞かず、アルはついっとユリウスの手を取ると、傷のあたりにちょこんと唇をあてた。


「ん……」


 吐息混じりの、なんともいえない甘い声が漏れる。


 その瞬間、室内の空気がピリリと凍りついた。


――とくに、ミリの周囲だけが。


「……てめぇ、なに色気づいた声出してんだ、この量産型天然ゴーレム!」


「えっ!? ちがっ……! わたし、ただ傷を――!」


「妹ってのはな、兄貴のためにそんな、なめたり、抱きついたりするもんじゃねえんだよ! そ、それは……こ、婚約者の役目だろうが!」


 真っ赤な顔で拳を震わせながら叫ぶミリに、アルはぽかんとした表情で首をかしげた。

 しかし、すぐにパッと笑顔になり、


「じゃあ、わたしも婚約者になります!」


「はあ!?」


 アルは一気にユリウスの横に回りこみ、椅子ごとユリウスの腕に抱きついた。


「お兄ちゃん、大好きですから! いっしょにご飯食べたり、工場つくったり、お昼寝したり……えへへ、婚約者って、そういうこと、するんですよね?」


「ま、まって、アル。婚約ってそんな簡単に――」


「ぬあああああああああああっっっ!!!!」


 ミリが頭を抱えて床にのたうち回った。


「こいつ、やべえ! 量産型じゃねえ、完全新型だ! 天然すぎて手に負えねえ……!」


「……これは、これはなかなかの修羅場ですね」


 セシリアが紅茶を啜りながら、どこか遠くを見るような目で呟いた。

 ユリウスは、愛と狂気のはざまで板挟みにされながら、そっとため息を漏らすのだった。


 そんなユリウスの執務室には、まったりとした午後の陽光が差し込んでいた。

 テーブルにはミリ特製の焼き菓子と、アルが丁寧に淹れた紅茶。

 ミリが落ち着きを取り戻したところで、ゆったりとした時間が流れる。

 そしてその中央には、呆けたような表情で椅子にもたれるユリウス。


「ふふっ。お兄ちゃん、顔が蕩けてますよ」


 アルがにこにこと微笑みながら、ユリウスの空いたティーカップに紅茶を注ぐ。


「だって……さっきまで指を……」


 ユリウスは頬をかきながら視線を逸らした。


 つい先ほどまで、怪我をした彼の指先をアルが「消毒」と称してぺろぺろと舐め回していたのである。

 妙に色っぽい吐息と、うっとりした表情。ミリが激昂して止めなければ、きっと指だけでは済まなかった。


「やめろぉぉ! 妹がすることじゃねえんだよ!」


 ミリの怒号が室内に木霊したそのときの光景が、ユリウスの脳裏に焼きついていた。


「お兄ちゃんが痛いって言ったら、またしてあげますからね」


 アルはまったく懲りていない笑顔で、またそっとユリウスの手を取った。


「やめんかい! その手はあたしが拭くんじゃ!」


 ミリが横から手ぬぐいを取り出し、ばしばしとユリウスの手を拭く。まるで怒った姉と、甘えた妹の戦争である。

 そんな騒がしいやりとりを、セシリアは黙って見つめていた。微笑んではいるものの、どこか引きつっている。


(……なにこの空気。なにこのハーレム。どっちも自分の立ち位置を当たり前のように主張してるじゃない……)


 セシリアはそっと紅茶を一口飲んだ。


(べ、べつに、私はそんな……でも、もしこのままだと……そ、そういう関係に……!)


 ふとユリウスがカップを置いた。

 その音に、セシリアは跳ねるように立ち上がる。


「ゆ、ユリウス! こ、こ――こっ、こっ、子作りのおかわりはっ!?」


 その場が静まり返った。

 ユリウスは紅茶を吹き出し、アルはカップを落としそうになり、ミリは手ぬぐいを握りしめたまま硬直している。


「――こ、子作りって、な、なにをおっしゃるんですかセシリアさん!? えっ、えっ!? お兄ちゃんと!?」


 アルの顔が真っ赤に染まり、両手で自分の頬をぺちぺち叩く。


「ちょ、待て待て、なに言ってんだお前ぇ!!」


 ミリは真っ赤な顔で椅子を蹴倒しながら叫んだ。


「こ、紅茶のおかわりっ! 言いたかったのは紅茶っ! おかわりってそういう意味じゃなくて、あああああ!!!」


 顔を真っ赤にしたセシリアは自分のローブのフードをかぶって、椅子の陰に隠れて震えていた。


「……せっ、セシリアが……ついに壊れた……?」


 ユリウスがぽつりと呟くと、ミリとアルが声を揃えて言った。


「「お前のせいじゃああああああ!!」」


 怒られるユリウスは納得がいかなかったが、反論すれば長くなるので、黙って嵐が通り過ぎるのを待っていた。


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