第18話 リィナ起動
地下の研究室に足を踏み入れた三人は、壁際の机に置かれた古びた日誌を見つけた。表紙には、かすれかけた文字で《ARTEMIS計画》と刻まれている。
「セシリア、これ……」
「ええ、間違いない。古代アルケストラ式の文字よ」
慎重に魔封を解いたセシリアが、日誌を開いた。
ページをめくるごとに、緻密な設計図と、生体ゴーレムに関する理論が現れる。そこには驚くべき記述があった。
『本計画は、失われた“人”を再現するための試みである。魔素と生体素材を融合し、魂の構造を模倣する。』
『私は、かつて仕えてくれたメイド――リィナを模して、ARTEMIS07を設計した。身分違いの恋だったが、彼女に想いを告げることもできず、病で失った。これは最後の試作個体。私の生命も、もう長くは持たない。』
『願わくば、彼女が誰かと出会い、生きる意味を見つけてくれることを――』
セシリアがページを閉じると、静寂が研究室を包んだ。
「リィナ……って」
ユリウスがそっとつぶやく。
その時、ミリが壁の隅にある扉を見つけた。
「おい、こっち、まだ部屋があるみたいだ」
三人は慎重に扉を開け、隣の部屋へと足を踏み入れる。
そこは白い光が満ちた、清潔な小部屋だった。中央には大きなガラスのカプセルがあり、その中に一人の少女が横たわっていた。
黒髪の少女。機械の接続部を持ちながらも、その姿はあまりにも人間らしく、穏やかな表情を浮かべて眠っていた。
「……彼女が、ARTEMIS07――リィナ」
セシリアが静かに言う。
ユリウスはその姿を見つめながら、なぜか胸の奥が熱くなるのを感じていた。
研究室の隣にあった白い小部屋。その中央、ガラスカプセルの中に眠る黒髪の少女――リィナ。
「……起動させてみる?」
セシリアの問いかけに、ユリウスはしばらく黙ってから、頷いた。
彼はカプセルの脇に設置された制御盤に目をやる。魔素の痕跡がかすかに残っている。
「魔素の代わりに魔力を流してみるか。……【工場】スキル、起動制御にアクセス。……魔力、流すよ」
手をかざし、自らの魔力を注ぎ込む。
次の瞬間、カプセルの縁に青白い光が走った。機構が唸りを上げ、圧力が抜けていく音と共に、カプセルがゆっくりと開く。
黒髪の少女が、ゆるやかに瞼を開いた。
着ているのは、黒を基調としたクラシカルなメイド服。白いフリルのエプロンが胸元から裾まで整えられ、首元には小さなリボンが結ばれている。まるで誰かを待っていたかのように、用意された装いだった。
金色の瞳が、まっすぐにユリウスを捉える。
「起動確認――完了。ARTEMIS07、稼働状態へ移行します」
機械的だった口調が、徐々に人の言葉に変わっていく。
「私は、リィナ。ご命令を……マスター」
リィナはゆっくりと身を起こすと、柔らかな動作でカプセルから降り立ち、ユリウスの前に膝をついた。
「あなたが……私の、ご主人さまですね?」
ユリウスは、ぎこちなく首を縦に振る。
「……あ、うん。僕はユリウス。ここで暮らしてるんだ」
「ユリウス様……了解しました。以後、忠実にお仕えいたします」
そう言って、リィナは嬉しそうに微笑んだ。その微笑みは、まるで長い夢から目覚めた少女のように、どこか儚くて、あたたかかった。
横で見ていたミリは腕を組み、むすっとしながら呟いた。
「……いきなりご主人さまって、ちょっと早すぎねぇか?」
セシリアも同意するように眉をひそめる。
「この子、ほんとにゴーレムなの……?」




