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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第178話 ラザルの葛藤

 稼働音が反響する民生品工場の一角で、ラザルは黙々と作業をこなしていた。

 金属板の積み上げ、搬送、組み立て――単純だが重労働な仕事を、無表情で繰り返している。

 だが、その目は機械と工房の構造、配置された制御盤、さらには監視の死角までも余さず記憶していた。


「……もうすぐ、信頼を得られる」


 小声で呟いた言葉に、自分自身の胸がざらついた。

 彼はヴィオレッタに命じられたスパイの一人。家族は東部の街で囚われている。

 拒めば、彼らの命がどうなるかは明白だった。


『機密を盗むのではなく、覚えて持ち帰るだけでいい。お前の優秀な頭脳ならできるはずだ』


 アーデルハイトの屋敷で、ヴィオレッタが口元に笑みを浮かべながらそう言ったのを、ラザルは今でも忘れられない。


――だが。


「ほら、そこ! 持ち上げ方が悪いと腰をやるぞ!」


 威勢のいい声が飛ぶ。ラザルが思わず顔を上げると、油と金属の匂いをまとった小柄なドワーフの女性が作業通路を歩いてきていた。

 赤銅色の髪、腕には溶接痕。ミリだ。民生品工場に視察に来たらしい。


 ラザルの動きが一瞬止まる。


〈ミリ・ゴルトヴァルク・ヴァルトハイン〉――かつて帝国に滅ぼされたドワーフ王家の末裔。だが彼女は今、ヴァルトハイン公爵の妻としてその側に立ち、人間たちと共に汗を流している。


「……どういうことだよ」


 思わず小さく呟く。だがその時、ギィィィィ――と異音が鳴った。


「上だッ!」


 ラザルの警告より早く、金属部品を積んだ木箱が高所から落下する。


「危ない!」


 ミリの頭上めがけて落ちてくる重量物――ラザルの身体がそれをはじくように飛び込んだ。

 鈍い音とともに、箱がラザルの背に直撃し、床に激突する。


「ッ、あんた……!」


 目を見開いたミリがラザルのもとに駆け寄った。ラザルは顔をしかめ、腕を押さえながらも言う。


「……だ、大丈夫です。骨は折れてない……たぶん」


「ばか! なにしてやがる、こんなとこで!」


「あんたが……下敷きになるよりマシだろ」


 ラザルの言葉に、ミリはしばらく黙って彼を見下ろしていた。やがてため息を吐き、手を差し伸べる。


「ありがとな、ラザル」


 それは、初めて彼に向けられた素の感謝だった。


――その言葉が、胸に突き刺さる。


 この数日、彼はこの地で多くの人々と働いた。人間も亜人も分け隔てなく、互いを仲間として接し、ものづくりに熱中する様子を、ずっと見てきた。

 敵ではない。

 彼らは――“家族”のようだった。

 だが、自分は裏切ろうとしている。彼らの技術を奪い、戦場で向かい合うために。

 ミリに肩を貸されながら工房を出るとき、ラザルの心に言いようのない重さがのしかかっていた。


 このままではいけない。


 でも――


「俺の家族は、どうなる……」


 誰にも届かない呟きが、歯を食いしばった唇の隙間から漏れた。


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