第176話 暗殺未遂
ヴァルトハイン城・大広間。
政務報告のため、ユリウスが多くの官僚たちを前に演説を行っていた。白い礼服をまとい、凛とした佇まいで壇上に立つその姿は、かつて追放された青年とは思えない威厳に満ちていた。
セシリアとミリはその左右に控え、シャドウウィーバの幹部や各地の行政官が整然と並ぶ。まさに秩序と繁栄の象徴。だが、その裏で――破滅が蠢いていた。
「旧律派の残党が、ユリウス様を狙って動いています」
数日前、シャドウウィーバの報告が上がっていた。 情報源は潜入工作員からの極秘連絡。
ヴィオレッタが旧律派の一部残党を扇動し、ユリウス暗殺を企てているという。武器は不明。兵力は少数。しかし標的がユリウスである以上、わずかな油断も許されない。
「……」
壇上の脇で、少女――ARTEMIS09《アル》はじっと佇んでいた。 膝上丈のゴスロリ風の白いドレスに、ふわりと揺れる明るい茶髪。ぱちぱちと瞬く瞳が、ふと遠くの扉へ向いた。
「……お兄ちゃん、あれ……おかしい、です」
かすかな足音。誰にも聞こえないが、アルの聴覚センサーには確かに届いていた。衛兵の巡回とは異なるリズム。重心移動に無駄がなく、速度は戦闘訓練を積んだ者のもの。
アルの瞳が蒼く光る。
――排除すべき対象。接近中。
その場に残って警護に徹するべきか、一瞬迷った。
しかし、命令優先度において「お兄ちゃんの命を守る」が上位だった。
アルは静かに扉の外へ走り出す。
廊下を駆け抜けながら、上空の窓に設置された魔導通信機に指を伸ばす。
リィナ譲りの高出力魔素が回路を走り、警戒音が無音で起動した。
――突入、十五秒前。
別動隊が城内に潜伏していた。
魔導式の小型炸裂弾。爆発すれば、大広間は瓦礫と化す。
「だめ……お兄ちゃんが……っ」
扉を蹴破る。ちょうど起爆装置に手をかけたテロリストの手首を、容赦なく掴んだ。
ばきっ。
嫌な音が鳴る。骨が折れた。だが、アルの表情は無表情のまま。
「あなたたちは……悪い子です」
もう一人が剣を抜く暇もなかった。
アルの膝蹴りが喉元にめり込み、男は地面に沈んだ。
起爆装置は踏み砕かれていた。
細い足首が、その機械をぺしゃりと潰した音だけが、静寂に響く。
間に合った。
ゆっくりと、ユリウスの元へ戻ってくるアル。
セシリアとミリが駆け寄り、事情を訊ねようとするが――
「お兄ちゃん……ごめんなさい。少し、暴れちゃいました」
そう言って、胸元を押さえながら微笑んだ。
ユリウスは驚きながらも、その頭を優しく撫でた。
「ありがとう。助かったよ」
そのやり取りを見て、セシリアとミリが目を細める。
また一人、大切な存在が家族になったのだと実感しながら。
暗殺失敗、その報告を聞いたヴィオレッタの唇が、皮肉げに歪む――。




