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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第175話 アル起動

 透明な魔導液が満たされたカプセルのなか、少女はまどろみの中にあった。

 周囲の空気がわずかに震え、機械音のような鼓動が広間の奥に響き始める。


「起動シーケンス……完了」


 ミリが静かに告げた。


「魔素濃度、安定。生体コア、活性化――いくよ」


 ユリウスが制御パネルに手をかけると、カプセルの縁に刻まれた魔導回路が淡く光り出す。

 やがて、内部の液体が泡立つように波紋を描き、少女の身体をやさしく解放していった。


 ぷしゅ――という小さな音とともに、封印が解除される。


 ゆっくりと、少女が目を開けた。


「……ぅ……ん……」


 その瞳は、澄んだ琥珀色。

 まるで朝の陽光を湛えたような、あたたかな光だった。


 ユリウスは息をのむ。

 そこにいたのは、あのリィナとも、どの人間とも違う、けれど確かに“生きた存在”だった。


「……ここは……どこ、ですか?」


 少女が小さく呟いた。声はまだ掠れていて、それでも透き通るように澄んでいた。


「あなたの名前は……」


 と、ユリウスが問いかけようとしたそのとき――


「……わたしは、アル……ARTEMIS09。戦術支援型、生体ゴーレム……」


 目を瞬かせ、少女は自分の胸元を見下ろした。そこには、眠っていた証である銀の魔導刻印が、仄かに残っていた。


「……あれ? なんだか……おにいちゃんに似てます」


 ユリウスの目が見開かれる。


「おにいちゃん……?」


「……はい。わたし、知ってるんです。たぶん、夢で……」


 アルは無垢な瞳で、まっすぐユリウスを見つめた。


「……あなたが、わたしを起こしてくれるって、夢でずっと……待ってました」


 セシリアが思わず息を呑む。ミリは目を細めて、そっと肩をすくめた。


「名前、教えてください。……おにいちゃん」


 そう言って、少女は微笑んだ。

 その笑顔に、ユリウスはリィナの影を重ねることはなかった。

 そこにいたのは、リィナではない。けれども、また別の“希望”だった。


「……ユリウス。僕の名前は、ユリウス・フォン・ヴァルトハインだ」


「ゆりうす……おにいちゃん」


 アルはそう呟くと、カプセルの縁に手をかけて一歩踏み出し、よろけた体をユリウスの胸に預けた。


「……はじめまして。わたし、がんばります」


 その言葉は、新たな旅のはじまりを告げる、確かな鼓動だった。

 アルがユリウスの胸からそっと離れた。


「……あの……ごめんなさい。わたし、初めてだから、立つのもふらふらで……」


 恥ずかしそうに顔を赤らめ、指先を合わせるようにしてぺこりと頭を下げた。その仕草は、どこか幼い、けれど人間らしい自然な所作だった。

 ミリが小さくつぶやく。


「……あれが、生体ゴーレム……? ほんとに、そうなのか?」


「アルは人間だよ。ぷんぷん」


 先程まで生体ゴーレムと言っていたのを忘れたかのように、アルは怒る仕草をしてみせた。

 セシリアも目を細める。


「構造はリィナと同じはず……なのに、感情表現がここまで自然だなんて……」


 ユリウスはそっとアルの肩に手を添えた。


「大丈夫、焦らなくていい。今は……ゆっくりでいいんだ。目を覚ましてくれて、ありがとう」


「えへへ……あったかいです、おにいちゃん」


 アルは微笑み、ユリウスの手をそっと握り返した。


「……あの、私……何をすればいいですか? 戦うって、最初に思ったけど……でも、こうして手をつないでると、戦いたくないって思うんです……おかしいですよね?」


「おかしくなんてないさ」


 ユリウスは首を横に振った。


「戦うことだけが、お前の役目じゃない。お前が、何をしたいか……それをこれから一緒に探そう」


「……うん!」


 アルの瞳が嬉しそうに輝く。

 その様子を見ていたミリが、唇を尖らせた。


「なんかさ……ちょっと馴染むの早くない? ……というか、兄貴、甘すぎない? こいつ、ゴーレムなんだよ?」


「む、ミリさん……!どうして私のことをゴーレムだなんて言うの?」


 アルが目を潤ませてミリを見つめると、ミリは気まずそうに目をそらす。


「だ、だからって、そんな顔しないでよ……! もう……リィナのこと思い出しちゃってさ、複雑なんだよ、こっちは!」


「リィナさん……?」


 アルが小首をかしげたとき、リィナの名を聞いても特に反応がないことにセシリアが気づく。


「――やはり、記憶の共有はされていないみたいね。人格構造も違うわ。これは……本当に、“新しい命”なのよ」


 ユリウスは黙ってうなずき、そっとアルの頭を撫でた。


「これからよろしくな、アル」


「はいっ、おにいちゃん!」


 まるで人間の少女のような返事に、ミリはため息をついた。


「……はあ。いっそ、どこまで“人間らしい”のか、検査してやろうかしら。……ほら、肩幅とか体重とか、データとってさ」


「や、やですぅ~! ミリさん、怖いです~!」


「……もう、完敗だよ。なんなんだこのゴーレムは……」


 ミリが頭をかきむしる横で、セシリアは優しく微笑んだ。


「でも、きっと必要になるわ。これからの私たちに……この子の存在が」


 ユリウスはその言葉に、静かにうなずく。


――失ったものは戻らない。けれど、新たに得た希望が、未来へと続く道を照らしてくれる。


 そして、再び歩き出す覚悟が、胸の内でゆっくりと芽吹いていた。



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