第174話 遺跡発見(2回目)
瓦礫に沈む遺体の傍ら、ベルンハルトのマントから革の手帳が滑り落ちた。
ユリウスはそれを拾い上げる。
使い込まれた厚手の革表紙には、銀の留め金がついていた。
血で濡れていたが、中の一枚に折りたたまれた羊皮紙が挟まっているのがわかった。
「……これは、地図?」
セシリアが覗き込む。魔導文字で記された、見慣れぬ記号。地形の一部がノルデンシュタイン周辺と一致している。
「近いな。……このあたりだ」
地図には“旧アルケストラ・アーカイブ第十九拠点”という文字と、極めて簡素な印があった。
「行ってみましょう。ベルンハルトが探しに来た遺跡よ。何かあるはず」
ユリウスは頷き、自警団を呼び寄せた。地元の地形に詳しい彼らの協力で、調査は迅速だった。
そして、ほどなくして小さな丘の斜面に、風雨に削られた金属扉が見つかった。
錆び付いていたが、ドワーフたちがバールでこじ開けると、そこには暗い階段が続いていた。
「下に……地下施設?」
「遺跡にしては保存状態がいいですね……」
ミリが眉をひそめる。魔導灯を灯し、ユリウス、セシリア、ミリ、自警団の数名が先行して階段を降りていく。
階段の先は広い空間だった。薄暗い照明が自動で点灯し、薄く埃をかぶったカプセルや端末が並んでいる。中央にはひとつ、奇妙な筐体が。
その脇に、銀色の装丁が施された書類ケースが置かれていた。ユリウスが開くと、そこには整然とした筆致の記録が綴られていた。
セシリアが一枚ずつ手に取って読む。
「……これは……ARTEMIS開発計画の……研究日誌……!」
最初のページに記されていたのは、こうだ。
『本日、ARTEMIS計画責任者・カール教授が行方不明となった。"ARTEMIS07"の成果は不明。残された我々で計画を継続する。私は"ARTEMIS09"を、もう一人――あの男が"ARTEMIS08"を受け持つ。互いに接触せぬよう厳命された』
「カール……教授? 行方不明……?」
「ARTEMIS07……って、リィナの……?」
ミリが声を潜めるように呟く。
ユリウスは沈黙したまま、ページをめくっていく。
次第に、技術的な記述が多くなり、人体構造や神経反応に関する魔導構成図が連なる。
「記録の主は、どうやら……リィナを開発した研究者の仲間かもしれない」
そして、もう一人――ARTEMIS08の担当者。
「ヘカテーを作ったのは……その、"もう一人"か」
セシリアが声を震わせる。日誌の記録は途中で途切れていた。
「これで、少なくともヘカテーがどうやって造られたか、糸口が掴める」
ユリウスは深く息を吐くと、静かに立ち上がった。
「そして、リィナには……姉妹がいた。もう一人、未発見の――"09"が」
ミリとセシリアが顔を見合わせた。
「ここで、見つかる……のかしら?」
「見つけなければならない。……これは、俺たちの責任だ」
ユリウスの声には、決意と、どこか震えるような希望が宿っていた。
そして、更に奥へと進む。
地下の空間は静かだった。
冷たく乾いた空気のなかに、魔素のかすかな流れが感じられる。かつて稼働していた機構の残滓が、今もこの場所に息づいているのだろう。
ユリウスたちは、記録と装置の間を慎重に移動しながら探索を進めていた。
「これは……動力炉のようだな。魔素を溜めて、……いや、これは外部供給型だ」
ミリが古びた機械の配線を指さして呟く。
「リィナと同じ方式……というよりも、さらに繊細で、継ぎ目が少ない……」
「まるで、最初から”人”として作るつもりだったような設計……ですね」
セシリアも目を細める。アルケストラ帝国の遺産に触れるたび、彼女の表情は神妙になる。
魔法でも科学でもない、魔導錬金術という異質の技術。その極致が、ここにある。
その時だった。
「ユリウス様、奥に……反応があります」
リィナの名を冠した探索機――リィナが遺したデータを元に再設計された、サブゴーレムが警告を発した。
かすかに反応する魔素の震え。それは、眠る何かの存在を告げていた。
「行こう」
ユリウスは足を早め、施設の最奥へと進んだ。
そこはまるで聖堂のようだった。円形の広間に、巨大な魔導回路が刻まれ、中央には一体の――それは棺に似た、しかし透明な液体の中に浮かぶ、ひとりの少女の姿があった。
「……人?」
いや、違う。見た目はどう見ても、人間の少女だったが――
「違う……これは……ゴーレムです」
セシリアが震える声で言う。
その少女は、十七歳ほどに見えた。明るい茶色の髪は肩で揺れ、ゴシック調の純白ドレスに身を包んでいた。
やわらかな頬、伏せられた瞳。微笑んでいるような安らかな顔――
「これは……ARTEMIS09……?」
ユリウスは囁いた。
ミリが近づき、制御装置を確認する。
「魔素量は……低いけど、生体コアは生きてる。スリープ状態。……まだ、動く」
静寂が満ちる。
ユリウスは少女に、かつてのリィナとは違う、しかしどこか通じ合うようなものを感じていた。
違う存在、しかし――“欠けていたもう半分”のような気がしてならなかった。
「兄貴、起動させるのか?」
ミリが問うた。
ユリウスは、小さく頷いた。
「……この子が、リィナの遺志を継ぐ存在になるのなら」
その言葉に、セシリアとミリは一瞬驚いたが、やがて頷いた。
「目を覚ましてくれ。君は……」
そう呟きながら、ユリウスは、起動装置に手を伸ばした――。




