表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

171/213

第171話 ノルデンシュタイン砦到着

 ノルデンシュタイン砦の輪郭が、地平線のかなたに現れた時――ユリウスの胸に、懐かしさと痛みが同時に押し寄せた。

 かつては荒野に過ぎなかったこの場所。追放された自分が、ただ生き延びるために選んだ地。


 今や高い城壁と整備された門、広がる農地と煙を上げる工房が、ここが一つの“都市”になったことを告げていた。


「……戻ってきたな、兄貴。あたしたちの出発点に」


 ミリがしみじみと呟く。

 馬上のユリウスは小さくうなずき、目を細めた。

 城門が近づくにつれ、人々が集まりはじめる。作業を中断した工房の職人たち、畑から駆けつける農民たち、学校帰りの子どもたちが口々に叫んだ。


「ユリウス様が帰ってきた!」


「セシリア様、ミリ様もご無事で……!」


「ばんざい、ばんざい!」


 声援が、喜びが、誇りが砦に満ちていく。


 だが――

 その歓喜の渦の中、ふと、誰かが尋ねた。


「……あのメイドさんは?」


「リィナ様は、一緒じゃないの?」


 ユリウスの胸が締めつけられるように痛んだ。目の前の景色が、かすかに揺らぐ。

 いつも隣にいたあの少女。無表情だが健気で、命令以上のことを当然のようにこなしていた存在。

 彼女がもう隣にいないという事実は、いまだ現実感を伴って受け入れがたかった。


 ユリウスはゆっくりと馬から降り、集まった人々の前に立った。


「……リィナは、戦いで命を落としました」


 ざわ……と、空気が凍りつく。


「敵は、強大な敵でした。彼女は僕たちを守るために……最後の瞬間まで、自分の役目を果たしてくれた。僕が命令を下していたなら、きっと彼女は従っただろう。でも……今回は、彼女自身の意志で、僕たちを守ることを選んだ」


 誰かが泣き出す声が聞こえた。

 子どもたちが肩を震わせ、大人たちは唇を噛み、手を強く握りしめていた。


「そして、その仇が今、ノルデンシュタインの近くに現れようとしています。遺跡を狙って、また何かを仕掛けてくるはずです」


「……俺たちのリィナ様の敵、ってことか?」


 ひとりの青年が低く言った。


「手伝わせてください!」


「俺たちも守りたいんだ、この砦を……リィナ様の想いを!」


「見張りなら任せてください! 今度は、あの子の遺した場所を、俺たちが守ります!」


 ユリウスは堪えきれず、目頭をぬぐった。


「ありがとう……ありがとう、みんな。僕一人じゃ、ここまで来られなかった。リィナが命を懸けて守ったこの場所を、君たちが守ってくれるなら――これ以上、頼もしいことはないよ」


 砦の空は、どこまでも澄みわたっていた。

 その青さの下で、誰もが、ひとつの命の意味を、確かに胸に刻んでいた。



 ノルデンシュタイン砦の夜は、静かだった。

 虫の音が遠くでかすかに響き、夜風が木々を揺らしている。城の中庭から少し外れた屋敷の縁側に、三つの影が並んでいた。


 ユリウスは屋敷の壁にもたれ、肩をすぼめるようにして腰を下ろしていた。

 その右にミリ、左にセシリア。三人は言葉少なに、ただ夜の帳を見つめていた。


「……この家、まだ人のぬくもりが残ってるね」


 ミリがぽつりと呟く。膝を抱えて、薄闇の中でぽつんと座るその横顔は、どこか寂しげだった。


「住民たちが……掃除してくれていたんだって。毎日、一度も欠かさず。ユリウス様が、いつ戻ってきてもいいようにって」


 セシリアが、そっと続けた。


 ユリウスは天井を仰ぐ。かつて、仲間たちと汗を流し、笑い合い、そしてリィナが静かに立っていた場所。

 今は、誰もいない。けれど――誰もが、ここに“想い”を残していた。


「……リィナ、住民たちはずっとこの家を守っていてくれたよ。君も慕われていたんだ」


 ユリウスが呟く。


「うん。あいつ、無表情だけど、みんなのことちゃんと見てたもん。鍋が焦げるからって台所に誰も立たせなかったし、泣いてる子どもには無言で焼き菓子配ってた」


 ミリが鼻をすすりながら、笑った。

 セシリアはユリウスの肩に額を寄せ、囁くように言った。


「リィナが残してくれたもの……人の想い、信頼、繋がり。それが今、こうして形になってるのよね。きっと……彼女は、この未来を見たかったはず」


 ユリウスはゆっくりと立ち上がる。夜の闇を見つめ、その奥に、まだ見ぬ敵の姿を思い描く。


「ベルンハルト……そしてヴィオレッタ。あいつらが撒いた狂気が、リィナを奪った。ならば、僕は同じ悲劇を二度と繰り返させない」


 声は低く、だが揺るぎなく響いた。


「リィナのためにも、この地のためにも、終わらせる。帝国の狂った部分を、すべて……僕の手で」


 ミリがそっとユリウスの手を握る。そのぬくもりに、ユリウスは少しだけ顔を緩めた。

 セシリアもまた、静かにその隣に寄り添い、夜の闇に小さく誓った。


「リィナが見守ってくれているわ。私たちは、前に進まなくちゃね」


 静かな夜のなか、三人の心は、かつての出発点で新たな決意を燃やしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ